曼珠沙華

□第壱章
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城内を、優美な姿でゆったりと歩く一人の女子。
その姿は気品に溢れ、気高く感じられる。

廊で擦れ違う兵や女中は、その姿に見惚れ、恭しく頭を下げる。
彼女はそんな彼等に、労りの言葉を掛けながら一つの室へと足を進めた。


そんな彼女の足が、一つの室の前で止まる。すっと流れる様な動作でその場に膝をつけ、室内へと声を掛ける。

鈴を転がしたかの様な、可憐な声が耳に響いた。



「父上様。菊、只今参りました」
「おお、待っておったぞ菊。入れ」

入室の許可が聞こえ、女子――菊はすっと音も無く襖を開ける。
中にいる人物を確認した後、菊は顔を綻ばせて頭を下げた。

彼女が“父上様”と呼んだその人物は、室の上座に堂々と腰掛けていた。


屈強な身体に貫禄のある風貌。
線の細い、美しく可憐な菊とは似ても似つかぬ彼は此の城の城主であり、国主である。

「菊、此度の戦ご苦労だった!主の御蔭で犠牲も少なく迅速に終息を迎えられた。流石、儂の娘じゃな!」
「其の様な御言葉…有り難き幸せに御座いまする、父上様。甲斐の為ならば此の菊、骨身を惜しまず尽くす所存に御座りますれば」

其の父の言葉に、本当に嬉しそうに顔を綻ばせる。
華の咲いた様な笑みに、父――武田信玄公は何時に無く柔らかい笑みを零した。
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