Belial
□第一話
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一人の女性が、池袋の街をぶらぶらと歩き回る。
主に男性の視線を受けつつも、気にした様子もなく一人でいる彼女。
「あ、財布忘れた」
60階通りを出たところでそう呟いた彼女は、溜息をついてポケットを漁る。
出て来たのは家の鍵に携帯、リップクリーム。
これじゃ何も出来ないな、と彼女がまた一つ溜め息をつけば、それとほぼ同時に震えた携帯。
「……………」
振動の長さから、メールではないことは明らかだ。
電話の相手は大体予想が出来た。
数分おきに震える携帯が知らせる人物は全て同一人物の名前で。
彼女の人脈は広い。
自らもそれは理解しており、時折携帯に電話が来ることも珍しくはないのだ。
そんな自他共に認める広い人脈に、この電話がその人物だという確証はない。
彼女は今日、何度目か分からない溜息をつくと携帯を開いた。
「……………ハァ」
予想通りの相手に彼女は再度溜息をついて電話を切る。
着信履歴に残る同じ名前に、また溜息が出た。
しばらくその恐ろしい状態になっている携帯を見つめていた彼女は、見なかった事にしようとそっと閉じてポケットに仕舞いこむ。
「ま、毎日のことだからもう慣れたけどね」
着信拒否にしようものなら、本人が家まで押しかけてくるのでそれは出来ない。
彼女は、それを一度やって酷く後悔したのを覚えている。
旧知の仲とはいえ、行き過ぎの面があると思わずにはいられなかった。
彼女はまた一つ溜息をつけば、次いで苦笑を洩らす。
この数分だけで、大分溜息をついてる気がする。
彼女の頭に“溜息をつくと幸せが逃げる”という迷信がちらついた。