曼珠沙華
□第弐章
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菊のその声音に、途端に動きが鈍くなった信玄と幸村。
滅多に聞く事のないこの声音がどんなものなのか、二人はよく理解していた。
「日照りが続いておるのは、御二人とて知っておった筈。なれど、そなたらは毎日の様に殴り合いばかり…」
背を向けられ、しかも俯いている菊の表情が解る筈もなく。
幸村はともかく信玄まで冷や汗を流していた。
菊の背中から感じられる、ただなら覇気。否、此れは、怒気。
この声音は、本気で怒っている時の声音だった
「城を壊し、疲れている女中や忍達が仕事で無い筈の修理に駆り出され、其れでも忍は城の警備を怠る事もせず。女中達とて、貴重な休み時間を修理や掃除やと城中駆け回っておる」
静かな、其れでいて有無を言わさぬ声。
「本来ならばやらなくとも良い執務も在る。執務は私がやらねばやる者もおらぬ」
漸く頭を上げた菊の顔。
後ろから見えたその顔には、見る者が見ればそれはそれは穏やかな笑みが浮かんでいた。
「のう父上様、幸村?」
『……………』
返す言葉も見付からなかった。