橙の風
□参
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目を離した一瞬の、一秒にも満たない時。
其の本の少しの油断が招いた出来事だった。
「ふ、……はは!ハハハハハハハハハハハハはははははははははは!」
「いけだ、どの……?」
狂った様に笑い出す池田様に、其れに驚きと恐怖を滲ませた声で名を呼ぶ若。
舌打ちをしそうになるのを堪え、後ろ手にクナイを握りしめた。
「変な気を起こすでないぞ忍風情が」
隙有らば喉を掻き切ってやろうと狙いを定めていれば放たれた声。
其れに今度は隠さずに舌打ちを零しクナイを仕舞う。
腐っても、彼の人は真田家の家臣。戦の前線で刀を振るっていたのだ。
幾つもの死線を潜り抜けてきた猛者に違いはない。
「ふん、汚らわしい…本に気味の悪い色の髪だわ。物の怪ではあるまいか…其れか、鬼か」
クナイを仕舞い池田様を睨みつけていれば吐かれた言葉。
貶む目で俺を見下ろしながら吐かれた言葉は、俺にとっては聞き慣れた言葉だ。
俺を挑発して、俺を殺す機会を窺う池田様の顔に常の面影は残ってはいなかった。
――…どちらが、鬼か
「っ!き、さま…!」
「、っぁあ!」
互いに睨みあっていれば、黙って俯いていた若が突然池田様の腕に噛み付いた。
痛みで一瞬緩んだ腕の拘束から逃げ出そうとした若を、池田様は直ぐに力を込めて締め上げた。
「昌幸様の御子だと思って思い上がるでないぞ餓鬼!」
「――さすけをぶじょく、するな!」
漸く、隙が出来た。
其の隙を見逃さない様クナイを素早く握りしめ狙いを定めた時、若が叫ぶ様に上げた言葉に一瞬だけ足が止まりそうになった。