橙の風

□参
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若を呼んでいたと言う池田様の元へ向かう為、木刀を仕舞い汗を拭う若。

もう一度キヌに礼を言うと、池田様がおられるで在ろう室へと足を運ぶ若の後を静かに追う。


「流石弁丸様ねえ…休憩時間は御休みに為られれば良いのに、真面目な御方」

若が去った後の裏庭で、キヌはふふ、と嬉しそうに笑った。





「さすけ、」
「は、何で御座いましょうか」

裏庭から城の中へ入り少しした頃、ふと足を止めた若に首を傾げれば呼ばれた自分の名。
それに素早く若の前へとひざまづく。

「……まだ、か」

ぽつりと呟かれた若の言葉に、少しだけ目を上げる。
視界の端に移った若の顔は、酷く悲しげな顔。

其れに気付いていない振りをして、頭を下げていれば「頭を上げてくれ」と言う若の声にゆっくりと頭を上げる。
もう其処には先程見た顔は無く、いつも通りの、笑顔。


「………若様?如何致しました」
「あ、いや…何でもござらぬ。すまぬな、さすけ。その、池田どのがどこにおられるかわかるか?」

頭を上げろ、と言ったきり喋らなくなってしまった若に声を掛ければ少し慌てて何でもないと笑った若。
その眼に、少し寂しげな色が過ぎったのを、俺は見なかった事にした。

「池田様ならば、此の時刻御自身の室におられる筈で御座います」
「そうか、わかった。ありがとうな、さすけ」

にこりと笑う若の顔を見ない様に頭を下げ、再び屋根裏へと姿を消す。

「あ、」と声を漏らした若に、気付かない振りをして。
 
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