橙の風

□参
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今でも、あの違和感は拭えない。
胸に残ったもやもやとした言い知れぬものに少し、イライラする。


「………ふう」

微かに聞こえた溜息にいつの間にか下がっていた頭を上げる。
視線の先で、素振りを終えた若が項垂れる様に頭を下に向けていた。


若が時折見せる、酷く消え入りそうな、悲しげな顔。
多分、此の顔は若の護衛についた事のある忍しか知らない。
俺が若の護衛についてからは、多分俺一人が知る、この顔。

実の父である昌幸様も、彼の身の回りの世話をする女中も、兵も皆、知らない。


常に笑顔を絶やさないと思っていた。

彼の周りにはいつも人が集まり、笑いが漏れる。
大体、笑い声の有る場所には若がいた。

其れを見る度少し、苛つく自分がいたのは事実だ。
感情等、等の昔に消え失せたと思っていたのに…


「……憐れだな、俺も」

まだ、『嫉妬』なんて醜い感情を覚えているなんて。


其れに少し、怒りが加わった。
若が一人、今の様な顔をすると知った時に。

武家の家に産まれ、厳しい鍛練や勉学をする事を義務付けられた運命だとしても。


「ああ、弁丸様。漸く見付けまして御座いまする」
「、…おキヌどの、いかがなされた?」

笑顔で近付く、最近若の付き女中になったキヌにびくりと肩を震わせた若は直ぐにいつものように笑顔を浮かべる。
その顔は、いつものようで、でもいつもより固く。

其れに気付いていない様子のキヌは、変わらず笑みを浮かべて若に一歩近付く。

「御姿が見えず心配しておりました。嗚呼其れと、池田様が御捜しに為られておりましたよ」
「池田どのが?わかり申した。わざわざすみませぬ、おキヌどの」


若はこんなにも、皆から愛されているではないか…――
 
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