短編

□poem&story1
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綺麗事

 「それでもう終わりなの?」
千の声がする。でも今の俺にはどうでも良い。千は今年から俺のクラスメート兼彼女になった女。
「もうあきらめるの?」
何も言わずに病院のベットに寝る俺に話しかける。今は話す気になれない。
「ねぇ?聞いてるの!?」
千は秀頼の背中をドンッと叩く。秀頼は窓の外を見たまま何も言わないし、振り返ろうともしない。
 だが、次第に背中が震えてきた。泣いている。
「ここにサッカーボール追いとくからね…」
ベットの下にボールを転がすと千は病室を去った。
 俺だってサッカーやりてぇよ。だけど…
『サッカーは諦めて下さい』
なんて医者に言われたら諦めるしかないだろう?
『何年もかかります。元に戻るには』
何年って何年だよ。俺は…
 大学もサッカーで行くつもりだった。頭の悪い俺にはサッカーしかなかった。サッカー以外できることがなかった。MFだった。プロからの誘いも来ていた。
「なんでこのタイミングなんだよ…」
瞳に涙を溜めながら、流しながら窓の外の空を見上げた。蒼い蒼い空を。
 千の置いて行ったボールを見つめる。
 千は俺のサッカーのしている姿に惚れたと言っていた。サッカーのできない俺なんて好きじゃないだろう。
 事故だった。子供がサッカーを道でやっていた。なんとなくその子供を見ていると角を車が猛スピードで曲がってきた。黒いワゴンだったかな。その子供を道路から突き放すと同時に事故にあったらしい。気付いた時には白いカーテン、白いベッドの中で寝ていた。最初は天国かと思った。だが親と医者がこの部屋に入って来てなんとなく今の状態がわかった。
 アキラメルしかない。
そう思っていた時病室を誰かがノックした。看護婦かと思い返事をした。だがそこには小さな子供とその親と思われる男女が立っていた。子供は泣きながらこちらに駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ」
憎しみと安心が交わった変な気持ちだった。
「僕、何をしたら良い?」
「……」
泣きじゃくる子供と瞳に涙を溜めた男女を見る。
「俺の変わりにプロになってくれないか?」
「うん」
子供はすんなり答えた。簡単な事だと思ってる。それが一つ俺の中に憎しみを生んだ。
「お兄ちゃん、サッカー教えて」
「治ったらな」
「約束だよ」
「うん」
子供は走って親のところに行った。母親は外に子供と出て、父親は話したい事がある、と残った。気まずい雰囲気。
「ここにおいておきます」
見舞いの果物を棚に置く。
「此の度は息子が…」
「いいですよ。もう」
「あの…」
「息子さんがプロになってくれれば」
「わかりました」
そう言いきると病室を出た。
 次の日、サッカー部員が来た。マネージャーの千もいる。三十分位話すとさっさと帰っていった。だが千だけが残った。
「もう良いよ。おまえは俺のサッカーしてる姿に惚れたんだろ?帰れよ」
千は瞳から涙をぽろぽろと流す。
「え?あれ?なんで…」
「そんなの、嘘に決まってるでしょう」
「泣くなよ」
「私、秀頼が好きなの。サッカーしてるとこだけじゃないのっ」
「おい」
「私のこと嫌いなの?嫌々付き合ったの」
「ちがっ」
「なんでそんな事言うの?きついよ。前は…」
「違うって言ってんだろ!」
棚を強く叩く。果物が床に散乱する。
「好きだよ、俺だって」
「…」
「ただ、怖かっただけなんだよ。千の好きな俺はどんな俺か考えるのが」
「ほんと?」
「おう」
涙を拭う千を俺は抱きしめた。
 俺は退院後必死に勉強した。そして体育大学に入る。体育の教師になるため。あの子供は毎日俺との約束通りサッカーを必死にしている。
「お兄ちゃん、今日はどんなこと教えてくれるの?」
「今日は俺が得意だった技を教えてやる」
空があの日のように晴れた今日、あの澱み濁った涙が透き通った気がした。

20101218
                  



例えば、世界を破滅に導く者がいたとしよう。
世界を破滅に導くのが神だったら、人間は何の抵抗も見せずに朽ちていくだろう。
一瞬のうちに、全てが消滅し、地球自体が消えるのかもしれない。

そうなる前に、僕は君に伝えたい事が有る。
いつ消滅するか分からない世界の何処かで……。
朽ちゆく世界の端で


20101218



飛び降りボーイ

 学校の窓は何の為にあるか。それは人が飛び降りる為にあるのではなく、空気の入れ換えをする為にある。では何の為にあんなに大きいのだろうか。それは人が飛び降りる為ではなく、短い時間で空気の入れ換えをするため。
 不平等で差別が当たり前の世の中。可笑しい人生。そんなものやめてしまえ。
「いやいや。何考えてるんだ。俺。まだまだ人生これからじゃないか」
 放課後の教室に一人。僕だけが残る。他は皆、塾だの部活だので、忙しいらしい。高校二年生でここまで暇そうにしている僕の方が彼等から見ればよっぽど不思議なのだろうが。
「まだいたの?」
身長の低い女が教室の扉から少し顔を覗かせる。
「まあね。勉強なんてしたくないし。部活なんか入ってないし。お前こそ何してるんだよ。部活動なんか入ってなかっただろ?」
「聞いて驚きやがれ。アタシ、手芸部に入部したの」
「中途半端だな」
「あう」
彼女は図星を衝かれたかのように顔を顰める。何故、手芸部に入ったのかは敢えて聞かない。
「で、どうした?雑巾ぐらいは縫えるようになったのか?」
「何を言うのさ。アタシは小学校の時から家庭科はオールAなんだから」
彼女はビシッと俺に指を指す。いちいち表現方法が壮大な奴だ。まあ、そんな事どうだっていい。どうなったって、いい。
「それでなんだ?」
「えへへ。えーっとね」
「何だ。気持ち悪い」
「失礼でしょうが」
こんな奴に失礼なんか、あるもんか。
 話すことが無くなり、再び静けさが帰ってくる。窓の外に目をやると絶景だ。山、海、川。こういう自然、好きだ。
「なあ、幸せって何?」
不意に彼女に目を外へやったまま尋ねてみた。彼女は驚いた表情になっているのだろうか。返事が無い。部活動中の生徒の声だけが響く。
「あー、幸せ。幸せね」彼女は唐突に話し始める。「幸せって言うのはあれ。なんか、うん。言葉では表せない。生きてること自体幸せだと思うよ?」
「じゃあ何で自殺志願者がこの世には沢山いると思う?」
「それは環境があってなかったからじゃない?」
環境、か。はたして、環境だけで変化するのだろうか。
「そうかい」
「ねえ、アンタの将来の夢って何?」
「無い。そんなもん」
きっぱり、はっきりと応えてやった。もういいや。さっさと何処かに行ってくれ。一人で居たいんだ。
「アタシはね、世界一幸せになりたい」
「世界一幸せ、か。魔法でもない限り無理なんじゃないか?」
そうだ。幸せなんて、所詮は夢。現実はそんなに甘くない。
「そんな事ないよ。アタシはアンタとこうして喋ってる時が一番幸せ」
「随分と安い幸せだな」
「生きてて、こうして喋ってる時が一番幸せ。だから先に地獄に逝ったりしないでよ。逝くときは一緒にいこうね」
「嫌だね」
学校の窓は何のためにあるか。それは気まずくなった時、景色を眺めるため。飛び降りるためではない。

20101218



屋上物語

「お前は…特撮ヒーローか、将又、二次元冒険物語の主人公か?」
否定は、できない。無謀な行動ばかり起こす私には。
「幻影、蜃気楼でも見たのか?」
見てねぇよ。
「感情的になりすぎたか?今迄の無感情はただ、装っていただけなのか?」
知りませんよ。
「それにしても躊躇いも躊躇もない素早さだったな。無様なくらい孤独な奴だ」
五月蝿い。友達なんて…どうせいませんよ。
「際物だな。お前は。奇抜で独創的で。そう。既に芸術作品。傑作だ」
もう黙れ。
「軽挙妄動。怪死しても不思議じゃない立ち位置」
取り敢えず跪け。
「理屈なんて物は無いに等しい。意味なんて、理由なんて一つも無い。慎重さなんて無い。胡散臭い。曖昧な奴だ。お前はお前に相応しい生き方をすれば良いよ。またな」
「……」
何しに来たんだ。一体。もう来るな。

20101218


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