Fall in your song!

□#30
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ST☆RISHのメンバーは全員、今日一日休みだった。今そのことに、とても感謝している。
こうして名前が試験を受けるのを見ていられるのだから。
早乙女学園の講堂で行われることになっている試験――“試験”と名付けたのは稚早だが――は、なぜか早乙女学園の生徒も観覧出来ることになっていた。

「まあ、なぜか、とは言っても、多分社長が学園内で宣伝したんでしょうね」

困ったように笑う那月の言葉に、メンバーも春歌も二度三度と頷いて同感の意を示す。それ以外、考えられない。
生徒が徐々に講堂を埋めつつある中、彼らは自分たちのことではないのに当の本人たち以上に緊張していた。
――そう。本人たち以上に。

「昨日、例のアクション一発OK出たよ」
「へえ! 出来たの、バックステップからの後ろを見ずに後方回し蹴り」
「うんっ。ソウと練習した甲斐あったよ〜」
「それは良かったデス」
「「…………」」

のほほんと、色で言うならオレンジなどの暖色系、絵で言うならお花や光が舞っている空間がそこにはあった。
これはどう見ても、将来が決まる試験を控えた人間のとる行動ではない。……はず。
けど、名前ならするのかもしれない。いや、しているのだけれど。
それに稚早も稚早だ。テレビで受ける印象と実際の彼は違った。こうもマイペースだとは思わなかった。
そして会話の内容から、稚早が来たその日「久々に暴れた」と名前が言っていた理由が分かった。というか、練習していたのではなかったのか。
車を停めて合流した健は、ゆるやかに時が流れているその情景を見て無表情になる。

「……あいつらの中に緊張というものは存在しねえのか」
「そうかも……?」
「うわ、ムカつく! 何で周りの俺らがこんなにハラハラしなきゃなんねーんだよ! 理不尽だろ、なあ!?」

地団太を踏む勢いで髪を掻き毟った健がふとその手を止める。
そして腕を組んで眉間に皺を寄せ、床を睨んだ。

「……そういや、あれ」
「「?」」

突然叫んだかと思ったら急に静かになり、理解に苦しむ言葉をもらす。そんな彼についていけないメンバーは顔を見合わせて、とりあえず名前たちを見た。

「……ていうか、名前も稚早も楽しそうだな」

練習2日目くらいからだろうか。元々仲が良かったのもあるかもしれないが、彼らはより仲良くなったようだ。始終、曲の話ばかりで、誰にも彼らの会話に口を挟めなかったくらいである。
そして彼らが楽しそうにするのと反比例するかのように、トキヤが不機嫌――というよりは何かを考えて暗く沈んでいるようだった。

「名前ちゃん」

稚早と談笑していた名前が呼ばれて振り返ると、そこにはシャイニング事務所取締役・日向龍也が立っていた。
龍也は名前の傍まで来ると、困惑した表情で試験を控えた少女を見下ろす。

「一応、言われた通りに報告しちまったけど……本当にいいのか?」
「いいんです。大丈夫です! ありがとうございます」

何を頼んだのか。
応えてはくれないだろうとは思いながらもメンバーと春歌が稚早を見ると、まさかの彼も目を見張って名前をまじまじと見ている。

「……ソウ、何を頼んだわけ?」
「んふっ。なんでしょー?」
「答える気はなさそうだね」

諦めたようにため息をついた稚早がジーンズのポケットからケータイを出して、画面を見てから電源を落とす。
音を立てて折りたたんだそれを、3メートルほど先にある自身のカバンに放物線を描きながら投げ込んだ。

「っし!」
「モノは大事に扱いマショー」

ガッツポーズをした稚早の頭に名前がチョップを入れる。
そしてステージを見つめる。
そろそろ始まる。彼らの、勝負が。
挑戦的に笑って、名前はメンバーと春歌に向き直る。

「見てて。絶対合格点叩きだすから」
「おう! 頑張れよ!」
「任せて!」

笑った名前がずっと口をきいていないトキヤのところまで歩んでいく。

「ねえ、トキヤ」

スッと手を持ち上げて、彼女はトキヤの顎に人差し指を添えた。
びっくりしたように目を見張る周囲と、たじろいたような表情の少年。

「―― 一緒に責任とってね……?」

そんな彼らの前で、艶めいた笑みを向ける名前。
ビシ、と固まった彼らに満足したのか、名前はニコッと笑って離れる。

「さ、稚早、行くよー」
「う…うん……?」

呆然としている稚早を置いて、名前はステージに飛び出していった。


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