Fall in your song!2

□#44
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稚早が黒板の前で自己紹介をする。そして席に着いた彼に、音也が声をかけた。

「『今日からよろしく!』」
「『よろしく』」
「『後で校内、案内しよっか?』」
「『あ、本当? じゃあ、お願いしようかな』」

互いににっこり笑って、音也が手を差し出す。

「『俺、』一十木音也……じゃ、ない! いや、そうなんだけど!」

瞬間、セット内に爆笑の渦が巻き起こった。
周囲に混ざって一緒にケラケラ笑っていた名前は、セリフを間違えた音也がスタッフに謝る様を見て穏やかに目を細めた。
稚早主演の連ドラに音也も出演することが決まって、数日前から撮影が始まっている。
オーディションの時から役柄にピッタリだと好評をいただいていた音也だが、本当にその通りだと名前も思う。

「休憩入りまーす」

スタッフの声に、音也は机の上に伸びた。

「ふふふっ、素直だねー、音也くん」
「ごめんー」
「いいよ、面白いから」

二人が授業間休みのように雑談を交わしているのを遠くから眺めていると、名前の隣に母親が立った。

「彼、いい演技するじゃない」
「そりゃねぇ。役柄ピッタリだし」

つい昨日帰ってきてしまった母親にそう返すと、彼女は顎に人差し指を当てて可愛らしく首を傾げた。

「うん、気に入ったかも」
「……」

それはどういう意図があっての発言かと名前が問う前に、若干声の高い女の声が彼女らの耳に届いた。

「落ち込まないで、音也くん」
「「……」」

誰、あれ。

親子で首を傾げていると、稚早がにこやかに応じた。

「おはよう、山崎さん」
「ありがとう。でも大丈夫。次は失敗しないよ!」

二人があまりに自然に彼女と接するので、顔見知りだと名前は判断する。
つんつん、と母親とは反対側にいる健をつついた。

「健ちゃん、健ちゃん、あれ誰?」
「あ? ああ、山崎あかりだろ? 今ブレイク中の。――業界に新規参入してきた事務所の新人」
「新規参入? あー、大住グループの」

何とはなしに言ったであろう母親の言葉に、一瞬、名前の表情が強張る。
稚早がそれを知らないはずがない。大丈夫なのだろうか。
休憩が終わって再び撮影が始まると、あかりの役柄が判明した。準ヒロインポジションだ。
演技は特別下手というわけではないが、どことなく安っぽいというか、嫌にクセのある演技をする子で、眉をしかめる母親の隣で名前は唸った。

「……ありゃ、金で役を買ったな」
「健ちゃん!」

いくら小声とはいえ、口に出すのもはばかられる言葉を、どうしてこうもあっさり言ってしまうのか。しかし、

「そうね、買ったのね、きっと」

と同意する母親に、名前は額を押さえて空を仰いだ。


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