Fall in your song!
□#07
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日本に帰ってきて二週間が経った。そろそろ料理本を見なくても出来る料理が増えてきた名前は、少しは手際よく料理を作れるようになった。
「おはようございます」
リビングのドアが開いて、トキヤが入ってきた。
名前は時計を見てから彼に視線を戻す。
「おはよう…。どうしたの? 今日は早くない?」
「目が醒めてしまって」
「ふぅん」
それっきり互いに無言で同じ空間を共有する。しかし互いになぜか息苦しさは感じなかった。
やがて小さく、できたっ、と名前が嬉しそうな声を上げるので、朝食が出来たのだと理解したトキヤは立ち上がってキッチンへ向かう。
「並べるの手伝いますよ」
「ありがと。……と、」
「?」
最後に漏らされた一音にトキヤがその場に留まると、名前は視線をさまよわせてから、何かを頑張ろうとして――結局あきらめた、というような行動を取ってため息をつく。
「ごめん、何でもない。運んじゃって良いよ……」
「なんですか」
「なんでもなーい」
「おはようございます」
名前からすればタイミング良く、春歌がリビングのドアからひょっこり現れた。
トキヤからすればタイミング悪く、追求する機会を逃す。
春歌はもうすでに出来上がっている食事に、やっちゃった、という表情を浮かべた。
「ごめんなさい、名前さん。手伝おうと思ったのに、また、起きられなくて。……目覚まし時計、いつのまにかアラーム止めてたみたいで。本当に、ごめんなさい!」
今住んでいる場所に来てから、名前とずっと食事を作る手伝いをしてきた春歌だが、最近朝は、何故か起きられず、セットした時間を過ぎてから起きてしまうらしい。
「いいよぉ。謝らないで、春歌ちゃん」
頭を下げる春歌に名前は笑う。――その笑みを見ていたトキヤは形容しがたい表情を浮かべた。
「おはよっ」
「あ、おはよう、音也くん」
「今日は和食? すげぇ、うまそう!」
そして音也は全員分のご飯を茶碗に盛る役割を引き受ける。そして春歌が顔を洗いに行っている間に、トキヤは味噌汁をよそっている名前に近付いて、鍋の中を覗くふりをして彼女の耳元で囁くように訊いた。
「……七海くんの目覚まし時計、アラームを切るか何かしましたか?」
「!? ぅあ、あっつ!」
近さに驚いた名前は手元を狂わせて指に味噌汁をかけてしまった。しかし手をぱたぱたと振って、気を取り直して作業を再開する。
「なんでバレたのか、訊いてもいい?」
「さっきいたずらが成功した子供と同じ表情をしてたので」
春歌が名前に頭を下げている時の話である。頭を下げている当人にはその表情が見えなかったであろうが、その光景を見ていたトキヤには気付かれたということだ。
いたずらがバレた名前は、だって、とおたまを置く。
「いつも手伝ってくれるの悪いな、と思って。あ、これ、持って行ってくれると助かる」
名前は春歌が戻ってきたのでその話題を打ち切った。
この家はキッチンとリビングが一体化しているので、名前はキッチンに立ちながら誰がいないのかを把握できる。
「あとは那月さん、翔くん、レンさんね」
「俺はここにいるよ、名前」
「あ、レンさん。おはようございます」
「おはよう」
挨拶を返しながら、レンが名前の頬に軽く唇で触れる。――これは制裁が下るのではと思われた行為だったが、名前は何とも思わないらしく、無反応だった。おかげでこの一週間、レンはこの行為を続けるようになっていた。
あともう一つ変わったことと言えば。
「名前ちゃんおはようございますっ」
こちらも挨拶しながら名前に抱きつく那月。
「はいはーい、おはようございます」
抱きつかれた名前は軽く腕を叩いて挨拶を返す。名前は那月にとって可愛いの部類に入るらしく、〈ぎゅっとしちゃうクセ〉がたまに発動する。そしてそういう時。
「おい、那月。さっさと席つけ」
いつも翔が那月を引き剥がす。
そして朝食が始まるのが最近の光景だ。
「いよいよ明日だねー」
レコーディング、と一単語付け加えるマネージャーの言葉に、他の者はそれぞれ表情を浮かべる。
「ま、今日のレッスンはいつもの1.3倍くらい気合入れて受けてね」
「1.3って…」
微妙、と言いたげな翔に名前は口を尖らせる。
「いいのー、気分の問題なのー、1.3くらいがちょうど私の言いたいニュアンスに当てはまるのー」
名前の隣に座っている春歌が問う。
「名前さん、今日はみなさんのレッスンに一緒に行くんですよね?」
「うん。とりあえず昨日で大きい仕事は終わったからね」
番組のイベント出場に関しての仕事は昨日終わったところだ。元々設定されていたデビューライブの日にちと変わらないので、名前は昨日までみっちり仕事をしていた。
「春歌ちゃんも行く?」
「私は、曲を作るので……」
「ああ、ごめん。私が頼んでたんだよね。うっかりしてた」
雑談しながら予定を確認し、組み立てていく。
「あと、明日レコーディング終わったらそのままダンスレッスンだけど……本当に大丈夫? キツくない?」
「平気、平気」
「時間もないしな」
「……そうなんだよね。体調管理、気をつけてね」
そして予定を確認しながら、名前はみなのことを気にかける。
これが最近出来あがった、彼女らの朝の風景である。
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