捧
□はじめてのおつかい
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「ちゃんとお財布とメモ用紙持った?」
「はい」
「ハンカチとティッシュは?防犯ブザーは持っているのか?帽子も忘れてはいかんぞ、熱射病になったら大変だ」
「は、はい」
「アンタ心配しすぎなのよ」
「当たり前だろう、人鳥がたったひとりで外出など心配にならんほうがおかしい」
「いーや、親父は異常だな」
「右に同じー」
「何とでも言うがいい。人鳥、くれぐれも怪しい人間には注意するのだぞ。最近はショタコンの変態が多いからな」
「それって自分も含まれてるわけよね?自覚があってなによりだわ」
ある休日のこと。真庭家の面々が何やら玄関先で話し込んでいます。
靴を履いてリュックをかるった人鳥くんと、それを見送る家族です。
お爺ちゃん、長男、三男は不在のようで、玄関には両親と双子の姿しかありません。
「じゃあ、気をつけて行ってらっしゃいね」
「はい、ちゃんと夕御飯の材料買ってきますから」
ガチャ
どうやら人鳥くんは、ひとりでおつかいに向かうようです。
ドアを開けて道を歩き出した人鳥くんの後ろ姿を、
家族は微笑ましい眼差しで見送ります。
ひとりを除いて。
「…ううむ…やはり心配だ…」
見送りを終えた家族の面々が家の中へと引き返して行く中、
お父さんだけは遠ざかる人鳥くんの後ろ姿を凝視していました。
といっても、いつも目を瞑っている(ように見える)お父さんですので、
本当に人鳥くんを見ているのか、目の前を横切ったバッタを見ていたのかは謎なところですが。
(しかしまあ、この場合は人鳥くんで間違いないでしょう)
暫くそのまま立ちすくんでいたお父さんですが、やがていそいそと自室に戻っていきました。
このまま大人しく、父親らしく寝転がってテレビで野球観戦でもしていてくれればありがたいのですが、
真庭家のお父さんは一筋縄ではいかないのでした。
「えーっと…今日買わなきゃいけないのは…お野菜と、牛乳と…」
ぺたぺたと道を歩きながら、真面目な人鳥くんは買い物メモを読み返しています。
「ふう…暑いです…」
真夏の太陽が照りつける中、額の汗を拭いながらも一生懸命歩きます。
暑いのが苦手な人鳥くんでしたが、任された仕事はちゃんとまっとうしようと頑張ります。
そんな人鳥くんを、後ろから隠れて眺めている集団がいました。
「ああっクソ、憎らしい太陽め。人鳥に太陽光を当てるな、引っ込め」
「アンタ言ってること無茶苦茶よ」
「つーかよぉ、なんでこうなるんだ?まぁ予想はしてたけどさぁ…」
「あちぃー…帰りてぇ…」
言わずもがな、真庭家の面々です。
真夏の蒸し暑い日に、電柱の陰に無理矢理四人の体を押し込めているこの状況は暑くるしいことこの上ない光景でした。
次男の蝙蝠は諦めきったような表情を浮かべ、三男の川獺は暑さにうだっています。
「なあ母ちゃん…俺帰ってもいいか」
「何言ってんの川獺、こいつをひとりで野放しにしとけるわけないでしょ。放っとくと何しでかすか分からないわ。せっかく人鳥が初めてひとりでおつかいに行ってくれてるのに」
「だったら母ちゃんだけ付き合えばいいだろー…なんで俺達まで…」
「家族の問題は家族で解決すんのよ!こんのクソ暑い時に!アンタたちだけ逃れさせてたまるもんですか」
「絶対後半のが本音だよな。…おい蝙蝠、お前もなんとか言ってくれよ」
「…諦めろ川獺」
「えー……」
どうやら三人はお父さんの後を追いかけて来たようです。
ちなみにお父さんは、普段の派手な服装よりも目立たない格好(あくまでお父さんにとってですが)に着替えて、
太陽にいちゃもんをつけたり手をわなわなさせたりと大忙しです。
そんな様子を見て、三人は深いため息をつきました。