□蜻蛉の愛幻歌
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くるくる
くるくる
回る廻る巡る


くるくる
くるくる
永遠に



―あなたはどうして回り続けるのかしら


―そうね、風が吹くからよね


―あなたは、風が吹かなければ錆び付いたまま動けないのね


―あなたは風に生かしてもらってるのよ


―所詮、その程度の存在価値しかないのよね


―…なんてくだらない










「…おい」

鉛のように重たい瞼をゆっくりと開けると、うねうねと蠢く気持ちの悪い視界の中、
私の顔を覗き込むあなたの姿がぼんやりと見えた。

今、呼ばれたのかしら

なら返事をしなくちゃ


「……は、い」

絞り出した声はさぞ弱々しいものだっただろう。
だんだんとはっきり開けてゆく視界に映るあなたの顔が、微かに歪められる。

ああ、愉快ね。


内心ほくそ笑んでみたけど、表情にはうまく出せなかったみたい。
苦しそうな顔でもしてたのかしら。
あなたはただ黙って、私の目を見つめている。

私は何か言おうとして、喉がひりひりと焼けついていることに気がついた。

「ぁ、の…」

「どうした」

「水…ください」


辛うじて発した言葉にあなたは敏感に反応して、傍らに置いてあったらしい水桶を手にとり、
静かに私の上体を起こして水を飲ませてくれる。

冷たくて甘い水が腫れた喉を滑り落ちてゆく感覚が心地よくて、身体中に広がる鈍い痛みが僅かに和らいだ気がした。
でも脱力感はどうしたって抜けなくて、視線だけで訴えると彼はすぐに再び私を横たえさせた。

その一連の動作は、まるで割れ物でも扱うかのように慎重で丁寧だったけど、
どうしたって戸惑いと不器用さを感じずにはいられないぎこちなさも含んでいて。

ひと月前とは違い、簡素な着物姿のままずっと私の枕元で、ただ私の様子を伺うように座っている。

「…はぁ…」

「どうした」


ため息をついただけで、微かに身を乗り出して息を飲む様子に、また笑いが込み上げる。

「いいえ…ちょっと頭痛がするだけ」

「また熱が上がったのではないか。待ってろ、薬草を採ってくる」

そう言うと立ち上がって、早々に小屋から出ていく彼の後ろ姿を視線だけで見送ってから、私は再び目を閉じた。


眠るわけではない。
ただ目を閉じるだけ。


馴染んだ暗闇の中に居ると安心する。
すべてを吸収してしまうこの目で、世界を見るのは疲れるから。



そのままじっと目を瞑っていると、やがてカラカラと扉が開く音がして、あのひとが帰ってきたのだと分かった。
さっきから十分も経っていない。
さすがに身のこなしは、身体が覚えちゃってるみたいね。


扉が閉まった音がして、思いの外早足で私の側までよってきたと思ったら、漂う空気からじったりとした緊張が伝わってきた。


私がうすく目を開け視線だけ向けると、彼は安堵したように眉間の皺を緩める。

その反応が可笑しくて、私は軽く微笑みながら問うた。


「死んだかと…思いましたか?」

「……まあな」

軽く苦笑混じりに答えながら、彼は棚からすり鉢を取り出す。

その手には、島の奥地まで入らなければ生えていない薬草が握られていた。

薬を作るための簡単な用具が何処に有るのかもう完全に把握しているみたいで、
そのまま少し離れた場所で黙って薬を作る作業を続ける彼の姿をじっと見つめる。

随分と真剣な顔をしている。
さっきといい今といい、そんなに私に死んでほしくないのかしら。

もしそうだとしたら、とんだ茶番だわ。

笑っちゃうくらいに。

「ふふっ…」

今度はちゃんと表情にも現れたみたい。

あなたは一瞬手を止めて、不思議そうな眼差しを向けてきた。

「何かおかしいことでもあったのか?」


生真面目なその反応が可笑しくて可笑しくて、
私は再び込み上げてきた笑いを隠すために布団を口元まで引き上げた。


「いいえ、何でもないのよ」

「そうか」


短い返答を返して、また作業に没頭し始めた彼の横顔を、私はその作業を終えるまで目を離さず見つめていた。
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