捧
□はじめてのおつかい
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と、そこへ蝶々さんと鴛鴦さんが仲良く並んで歩いてきました。
蝶々さんは両手に買い物袋をさげていて、見るからに重そうなそれを軽々と持っています。
二人は向かい側から歩いてくる人鳥くんに気づいて、蝶々さんが明るく声をかけます。
「よう、人鳥!」
「あ、蝶々さん、鴛鴦さん。こんにちは」
人鳥くんが礼儀正しく頭を下げると、蝶々さんはニカッと笑顔を見せ、鴛鴦さんは控えめな微笑みを浮かべます。
「一人でどこ行くんだよ?」
「ちょっとスーパーに買い物に…」
「あら、私たちもちょうど行ってきたところよ」
「おう。今日はセールだったからなー、けっこう買い込んじまった」
蝶々さんはそう言って、大量の買い物袋を持ち上げてみせます。
「お、重そうですね…」
「あ?ははっ、鴛鴦の手料理が食えると思えばこんなのなんともねぇよ」
「ちょっと、アンタ…」
堂々とノロケる蝶々さんの発言に鴛鴦さんが眉を潜めます。
ですが満更でもなさそうな雰囲気が人鳥くんにもひしひしと伝わってきます。
といってもこの夫婦はいつもこんな感じなので、人鳥くんももう慣れっこでした。
「お前、ひとりでおつかいなんて偉いじゃねーか」
「い、いつもおいしいご飯作ってもらってますから…たまには、その、お手伝いしたいなって…」
「くーっ、親孝行ないい息子じゃねえか!俺達もはやくこんな子供が欲s…って…え?」
そこで蝶々さんは、向こうの電柱からこちらをじっと見つめる集団の存在に気がつきました。
「?どうしたのよアンタ」
突如固まった夫の視線の先を辿ると、さすがの鴛鴦さんも言葉を失ったようです。
「あ、あの…どうかしましたか…?」
そんな二人の様子に戸惑う人鳥くんが尋ねると、蝶々さんは何か言おうとしました。
が、向こう側の四人組がこぞって“黙ってろ”と視線で訴えているものですから、出かかった言葉を飲み込んで
「いや、なんでもねぇ」
とだけ言っておきました。
鴛鴦さんも、呆れたような表情で軽く首を左右に振ります。
蝶々さんは軽いため息をついてから、人鳥くんの頭をぽんぽんっと軽く撫でて、
「ま、頑張れよ」
そう言い残して歩いて行ってしまいました。
鴛鴦さんも静かにその後を追って歩いていきます。
「……?」
残された人鳥くんは不思議そうな顔をしましたが、とりあえず目先の目標を達成するためにまたぺたぺたと進み始めました。
その後を追うように、四人がもうひとつ前の電柱の陰にカサカサと移動します。
そこでちょうど二人と四人が平行線に並びました。
「…アンタら、何やってんだ?」
「見て分からんか。人鳥の護衛をしておるのだ」
「…………」
別に知りたくもなかったけれどとりあえず礼儀として尋ねてみた蝶々さんは、
案の定意味不明な答えに沈黙せざるをえません。
鴛鴦さんははなから四人を視界に入れないように努めているようで、視線は明後日の方向を向いています。
お父さん以外の三人は、色々手遅れながらにもそれぞれ全力で顔を背けたり素知らぬ顔で口笛を吹いたりしていました。
ここは、あぁそうかと無理矢理納得して立ち去ることが無難な選択だったでしょうが、
しかし蝶々さんは勇敢にも次の質問を繰り出しました。
「えー…と、どうして、そんなとこから覗き見してんだ?」
「我らが堂々と着いていけば、慎ましやかで控えめな人鳥は肩身の狭い思いをするだろう。
だからこうして身を隠し、完璧な尾行を実現しておるのだ」
「いやめちゃめちゃはみ出てんだけど……」
「五月蝿いぞチビ助。お主にそのようなことを指摘される覚えはないわ」
「誰がチビ助だコラアァ!」
「あ、ちょっと!人鳥がかなり遠くまで行っちゃったわよ!」
「何!?」
蝶々さんの怒声と狂犬母の声が重なり、
お父さんは見事に狂犬母の台詞しか耳に入らなかったようでそそくさと家々の壁にはり付いたり隠れたりしながら
人鳥くんの後を追っていきました。
「……………」
「じゃ、悪いけどあたし達も行くわ」
「いーなー鴛鴦さんの手料理ー」
「まあまあ川獺、無駄な労力費やした分俺らも帰ったらいいモン食わしてもらおうぜ」
呆気にとられる蝶々さんの前を、三人はスタスタと通り過ぎて行きます。
そんな三人の背中を見送ってから、二人の間に暫し沈黙が広がります。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「なあ鴛鴦、俺今日すき焼き食いたい!」
「別にいいわよ」
「マジで?やった!愛してるぜ鴛鴦ー!」
「愛してるぜすき焼きー!の間違いじゃないの?」
「あ、ひっでー!」
しかし二人にとっては、そんなことは些細な出来事だったのかもしれません。
すっかり元の調子に戻っていちゃつき始めた二人の姿が、真っ直ぐに道の向こう側へと遠ざかっていきました。