短編
□熊井くんと雅ちゃん2
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初めてキスをしたあの雨の日から、なんだか熊井ちゃんは男らしくなった気がする。
そんな熊井ちゃんをもっともっと好きになる反面、複雑な気持ちもあった。
廊下で見る度に熊井ちゃんはたくさんの女の子に囲まれてる。
そんな光景を見れば見るほどあたしの胸は締め付けられて。
でも、極力感情を表面に出さないようにしていた。
熊井ちゃんからしたら他の女の子はあたしとは違ってただの友達だって自分に言い聞かせる。
それに、そんなに重い女だって思われたくなかった。
でも、毎日そんな光景を見せられて耐え続けることができるほどあたしは大人じゃなかった。
その日は、熊井ちゃんがバスケ部に入部した日だった。
背が高い熊井ちゃんは当然バスケ部で戦力になる。
途中からでいいから入ってくれと顧問とキャプテンから懇願されたらしい。
熊井ちゃんは「みやと一緒に帰れなくなる」とか言って渋ってたけど、あたしが部活終わるまで待ってるって言ってやっと入部した。
図書館で暇つぶしをした後、バスケ部が練習している体育館に行くと熊井ちゃんの姿。
早速ユニフォームを着せられていて、少し汗をかいていた。
声をかけるため、体育館に入ろうと靴を脱いでいるときだった。
「くまいちょー、お疲れ様!」
あれは、3年の嗣永先輩。
バスケ部のマネージャーだったっけ…
「練習超楽しかったー!ありがとね、もも」
なに、ももって。てかもう敬語使わない仲なの?
衝撃が大きくて、靴を脱ぐ手が止まる。
そして、なんとなくドアの影に隠れてしまった。
「くまいちょー上手だったよぉ!ほんとに初心者?」
「初心者だよ。でもバスケの選手ってちょっと憧れてたんだー。シュート決めたときめっちゃカッコイイもん!」
「くまいちょーならダンクシュートできると思うよ」
「あ、確かにできるかも」
「ふふ、明日やってみる?」
「うん!ももコツとかわかんの?」
「まあ、ダテに男バスマネやってませんから!」
「よっしゃ!じゃあ教えて〜」
「いいけどさ、選手に聞いたほうがいいんじゃない?」
「うーん…そうしたいんだけど、まだちょっと馴染めてなくて」
「あー、そっか。じゃあももからみんなに言っとく!」
「ほんと?ありがと、もも」
…なんだこの会話。てか、周り誰もいないんだけど。
もしかしてふたりで居残り練習?
選手じゃなくて女の子と?
もやもやが大きくなる。
「あ、そろそろ彼女のとこ行ったほうがいいんじゃない?ももとふたりきりで練習してるのなんてバレたらヤキモチ妬かれちゃうよ」
「ん。そろそろ帰る。でもみやってそういうのじゃないから大丈夫だよ」
「どゆこと?」
「ヤキモチとか妬くタイプじゃないってこと」
「そうなんだ?くまいちょーモテるから大変そうだと思ったけど」
「んー、俺がモテてるかどうかはわかんないけどみやが妬いてるとこ見たことない」
「じゃあこういうことしても怒られないかな?」
すると、嗣永先輩が突然熊井ちゃんのユニフォームをきゅっと掴んで背伸びをした。
ふたりの顔が近づいて。
「うわぁっ!!?」
身長差のおかげもあって間一髪で避ける熊井ちゃん。
…顔が真っ赤。
だめだ、あたし。ここに居たら身が持たない。帰ろう。
じゃないともやもやが爆発する。
「もー!なんで避けるの!」
「だ、だめだめ!俺にはみやがいるもん」
「でも怒らないんでしょ?」
「そ、そうだけど!さすがにまずいよ」
「…もものこと、嫌い?」
「そんなんじゃないよ………」
「…好きか嫌いかで答えて」
「どっちかと言ったら、す、好き、だけどさ」
「ふふふー、今日はこれで許してあげる♪」
「はぁー助かった……」
聞かなきゃよかった。
もういい。熊井ちゃんの女たらし。
ひとりで帰ろう。
脱ぎかけの靴を履きなおす。
そのときだった。
手に持っていたお弁当箱の入った小さな手提げ鞄が音を立てて床に落ちた。
「!!」
思わず体育館の中を見ると、熊井ちゃんと目が合う。嗣永先輩もこっちを見ていたと思うけどそれどころじゃなかった。
「あ、みや。迎えに来てくれたんだ!」
能天気な熊井ちゃんの一言で、あたしの中でプツリと何かが切れる。
そのまま、無我夢中で走りだした。
熊井ちゃんの声がした気がしたけど、聞こえないふりをした。