短編

□熊井くんと雅ちゃん
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「みやー帰ろ!」

「ちょっと待って」


高校2年生の夏のあたしは、去年とは全く違う生活を送っていた。

数週間前、1年生の熊井ちゃんに告白されたからだ。

男の子なのにみんなが熊井ちゃんって呼ぶからあたしもそう呼ぶようになった。

熊井ちゃんは、男子の中でもトップクラスで背が高くて顔立ちも整っている。おまけに性格も穏やかで誰にでも優しいという完璧な男の子。もちろん入学した途端、校内の女子からモテモテだった。

そんな王子様がなんであたしを選んだのか。

未だによく分からないままだった。

男の子と何度か付き合ったことはあったし、熊井ちゃんから告白された時だって友達に自慢できるなんていう簡単な理由でOKした。

付き合ってみるとやっぱり熊井ちゃんは噂通りの人で。


「あっついねぇ、みや」

「そーだね。アイスでも食べる?」

「わー!アイス食べたい!」


アイスという単語で女の子みたいにはしゃぐ熊井ちゃん。

横顔を盗み見たら、キラキラした笑顔だった。


「みや、何味が好き?」

「んー…今日の気分は抹茶かなぁ」

「うわぁぁ、俺と一緒だ!気が合うね!」


テンションが上がったのか、熊井ちゃんがあたしの手を握ってぶんぶんと振り回す。

そんな些細なことにあたしの心臓は跳ねた。


「みや、指細いね」

「熊井ちゃんも細いじゃん。長いし」


ぎゅむぎゅむという効果音が出そうなほど握り、さりげなく恋人つなぎにつなぎなおす熊井ちゃん。

天然な熊井ちゃんのそういう行動が、どんどんあたしをハマらせていく。

数週間付き合って、あたしのほうが好きが大きいんじゃないかっていうほど熊井ちゃんを好きになっていった。


ふと空を見上げると、さっきまでの天気が嘘のように淀んていた。


「雨降りそう」

「…あ、降ってきた」


突然の夕立ち。アイスはやめて雨宿りすることに。


「…あー、やっぱ店のほうがよかったかな」

「ううん、すぐ止むと思うし。そしたらアイス食べて帰ろ」

「そうだね」


近くの神社の屋根の下に、ふたりで並んで座る。

雨の音と自分たちの会話以外、なにも聞こえない。


「静かだね」

「…うん」


熊井ちゃんのほうを見ると、少し雨に濡れた髪の毛が茶色く光っていた。

目が合う。

自分の右手のすぐ横にある熊井ちゃんの左手が動いた。

自分の手の甲に熊井ちゃんの手のひらの感触。



「みや、いい?」

「…うん」


いいかどうかなんて、そんなの読み取ってよ。

そんなことを声に出す余裕なんてない。

熊井ちゃんの薄い唇が近づいてくる。

目を閉じてすぐ、柔らかい感触がした。

自分の心臓の音が全身に響く。

自分の手の甲に置かれた熊井ちゃんの手に力が入ったのが分かる。

しばらくして、熊井ちゃんが唇を離した。


「……長い」

「みや、顔真っ赤」

「熊井ちゃんだって。トマトみたい」

「もー、トマト嫌いなの知ってるくせに〜…」


苦笑いを浮かべながら真っ赤な顔の熊井ちゃんは、なんだか可愛かった。


「はぁ〜……緊張したぁ」


そう言いながら熊井ちゃんが膝に肘をついて、顔を手で覆う。

だから、そういうのは言葉に出すもんじゃないよ。

ツッコミを入れようとしたら、指の隙間からこっちを見る熊井ちゃんと目が合う。


「…みや」

「ん?」

「好き。今ね、超幸せ」

「…ばか」


そんな恥ずかしいことをよく目を見て言えるもんだ。

こっちが恥ずかしくなって、顔を見られるのを避けるために熊井ちゃんにもたれかかる。

急なことなのに、しっかり肩を抱いてくれる熊井ちゃん。


「…雨止んだね」

「もーちょっとこうしてたい」

「俺もそう思ってた」







end.

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