短編

□味
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目が覚めたときには、すでに雅は起きていて鏡の前に座りながらメイクをしていた。


「…ん、ももおはよ」

「なんで後ろ向いてんのに起きたのわかったの?」


ベッドの位置は雅の真後ろで鏡に反射しては見えないのに、と疑問に思った。


「寝息。急に止まったから」


後ろを振り向かずにメイクをしながら雅は答えた。


「なるほどね」

「ほら、もうあんまり時間ないよ。そろそろ準備しな」

「はーい」


地方のライブのために前日から泊まっているホテルの一室、本来ならば雅がひとりで泊まるはずの部屋に桃子は居た。

というのも、前日にしていたサスペンスホラーの番組をうっかり見てしまった桃子がビビって隣の雅の部屋に逃げ込んだからだ。

雅はあきれ顔をしたものの特に嫌がりもせず、朝の着替えと歯ブラシだけ持ってくるように促した。


そんなわけで、桃子は雅と一夜を共にしたベッドから抜け出して洗面所に向かう。


「みやー、歯磨き粉貸してー」

「勝手に使いなー」


うっかり歯ブラシだけ持ってきていたことに気付いて、歯磨き粉を借りることになった。

まだ洗面所に置きっぱなしだった雅の歯磨き粉をチューブから絞り出し、自分の歯ブラシに乗せる。


「味、違和感あるでしょ」

「んー、初めて使うからちょっとね」


洗面所と化粧台、少し離れた場所での会話。


「すぐ慣れるよ」

「まあ、嫌いな味ではない」


ミントの爽やかな香りが鼻を通る。


「もも、歯磨きしたらこっちきて」

「ん」


言われなくても、部屋はひとつしかないんだし着替えの服もそっちにあるし必然的に雅のいる場所に行くのにと思いながらそれを口に出さず短く答える。

丁寧に磨いたあと、丁寧にゆすいだ。

顔を洗ってタオルを掴む。

タオルで顔を拭きながら、前髪を揃えつつ洗面所を後にする。

部屋に戻ると、雅はすでにメイクを終えてベッドに腰掛けてテレビを見ていた。


「もも」


手招きに従って雅の元へ足を運ぶ。


「座って」


言われるがまま、ベッドのふちの雅の横に腰掛けた。

雅にまっすぐ見つめられて、自分たちが次に何をするか予想する。

なにか言われる前に目を閉じると、雅の体温が近づいてくるのがわかった。

唇と唇が重なった瞬間に、いつもより少し深いキスだと実感した。

雅の唇は半開きで、それに応えるように自分の唇も開いてゆく。

歯磨きをした直後だったからか、雅に触れられた舌がピリピリした。

雅の体温が離れ、目を開けると笑みを抑えきれていない雅の表情が見えた。


「…おんなじ味」


その言葉で、雅の行動の意味を少し理解した桃子も、笑みを抑えきれなかった。


「同じ歯磨き粉使うことなんてあんまりないもんね」

「ももが歯磨き粉持ってないの昨日の夜から気付いてた」

「そうなの?」

「うん。でもおんなじ味のキスって珍しいかなって思って言わなかった」

「みやにしては計算高いね」

「…もも、早く着替えたら?」


少しむっとしたであろう雅が指差す先にある時計を見ると、もう集合の時刻に近い。


「やっばい!もう、みやのせいだよ」

「はぁ?じゃああたしを見習ってもっと早く起きればいい話じゃん」

「起きれないもんはしょーがないじゃん」

「はいはい、早く着替えな」

「もー…」

「もも」

「なに」


少し慌てて着替えながら応える。


「もっと急いだらあと一回はできるよ」

「ほんと計算高いなぁ」


そういう桃子も、着替えの手の速度を上げる。



せわしい朝の一場面。





end.

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