短編

□無自覚
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初めて舞台本番と同じメイクをした日。

最初にあの子に見てもらいたくて名前を呼んだ。


「ちぃ」

「なにー?…わっ!熊井ちゃんイケメーン!!」


名前を呼んで振り向かせると、ちぃは目を輝かせた。


「そう?アイライン長すぎじゃない?」

「んーん、大丈夫」

「そうかなぁ?」

「そうだよ。かっこいいよ」


タレ目をもっとタレ目にしながら笑うちぃ。

男の子メイクでも、笑顔はちぃのままだった。


「ちぃはそのままだね」

「あんまり変わらない?」

「んー…メイクは確かに変わってるけど、なんだろー」

「なにー」

「分かんないけどなんかいつもどおりに可愛い」

「うわぁ…」

「え?なに?」

「そういうとこ、無自覚だよね」


ちぃにバッサリ言われたけどなんのことか分かんない。


「ん?どういうこと?」

「あーあ、景虎さまは罪な男だなぁ」

「えー?ちょっと、ちぃ?」


ぷいっとそっぽ向いて逃げようとするちぃの細い手首を掴む。


「ちょっと熊井ちゃん、離してー」

「やだ」


こっちを向かずに抵抗するちぃにむっとして意地でも離さない。


「うちなんか悪いこと言った?」

「…言った」

「ご、ごめん…えっと、なに言った?」

「…」

「ねぇ、教えて?直すから」

「…急に可愛いとか言われたら恥ずかしいじゃん」

「…え?」


ちぃの抵抗がふっと消えて、自然と手首から手を離す。


「熊井ちゃんに可愛いとか言われたら照れるの!鈍感!」


今度はしっかり目を見て言われる。

ちぃの顔は真っ赤。

思ってもない展開で、混乱。


「ちぃ、怒ってる?」

「怒ってるわけないじゃん」

「………よかったぁ」


ちぃの肩におでこをつけてもたれかかる。

ちぃの匂い、落ち着くなぁ。


「もう…それも無自覚でやってんの?」

「無自覚とかよくわかんないよ。言いたいこと言うしやりたいことやってるだけだもん」

「熊井ちゃんらしいね」


クスクス笑うちぃの声。

またあの笑顔が見たくて顔をあげようとしたら、ちぃによって阻まれた。

ちぃの腕がうちの肩と頭をふんわりと包み込む。


「もう少しこうしてようよ」

「…うん」


ちぃの満面の笑みを思い浮かべなから、もう少しだけちぃに従うことにした。





end.

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