短編

□ほっぺ
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「もも、今日さ、飲みに行かない?」


ダンスレッスン終了後、突然の、そして珍しい茉麻からの誘い。


「今日?ちょっと待って」


スケジュール帳を鞄から出して明日の予定を確認する。

テレビ番組の収録が入っていたが、昼からだから問題ない。


「うん、大丈夫だ」

「ほんと?やったー」

「えへへ、久しぶりだねぇ」


茉麻の提案でここからすぐ近くの個室が完備されている居酒屋に行くことにした。


「…で?なんかあった?」

「へ?なにが?」


注文の品が席に届き、お酒を飲みつつももが聞くと、茉麻はきょとんとした。

あれ、相談とかじゃなさそうだな。


「んー…なんかさ、なんとなく今日はももと飲みたかったんだよ」

「そう言ってくれるの茉麻くらいだよぉ」

「へへっ、否定はしない」

「ひどーい!」


和やかな雰囲気で自然とお酒が進む。



「…茉麻顔赤いよ?」


何時間経っただろうか、気がつくと茉麻の頬はほんのりピンク色をしていた。

お酒強そうなイメージなのに。


「ちょっと酔ったかも」

「そろそろ帰る?」


自覚があるうちに帰ったほうが安全だな。


「やだ」


茉麻らしくない、子供っぽい声で子供っぽい返事が返ってきた。


「なにぃ?茉麻酔ったら子供に戻っちゃうの?」


笑ってからかうと茉麻はムッとした顔で言う。


「うるさい」


そんな子供みたいな茉麻がなんだか懐かして、可愛くて。


「よしよし」


前髪をそっと撫でる。


「…ももちゃん、もっと」


ありゃ、完全に子供に戻ってる。

いつもはももが甘えてる側なのになぁ…

それになによりももちゃん呼びがたまんなく可愛い。


「すーちゃん、甘えん坊だ」

「いーじゃん今日くらい」

「むしろ毎日でもいいよ?」

「…ほんと?」


ドキッとした。

自分とは正反対の、ぽてっとした唇を緩ませて大きな丸い目をうるうるさせる茉麻。

これがお酒の力か…


「もう、すーちゃん可愛い!ちゅうしちゃおっかな」

「して」


だめだ、今日の茉麻は普段の茉麻じゃない。

変な気を起こしてしまうかもしれない。


「…もも?」


冗談で言ったつもりだったのに茉麻は待ってる。


「じゃあほっぺね」


茉麻のピンク色のほっぺに唇を近づける。

この雰囲気に飲み込まれそうなくらい緊張してる。

普段は絶対そんなことないのに。

ほっぺまであとちょっとってときに茉麻が動いた。

その瞬間、一瞬唇と唇が触れた。


「!!??」

「えへっやっぱこっちがいい」

「ず、ずるいっ」


びっくりして、ドキドキして、声が上擦る。

そんなももに関係なく満面の笑みの茉麻。


「ももちゃん顔真っ赤」


いたずらっ子の顔で言われるとますます顔に熱が溜まる。


「もうっ、すーちゃんのばか!」

「いーじゃんたまには」


…ほんと、子供に戻った茉麻には敵わないなぁ。


「子供に戻ったすーちゃんにひとついいこと教えてあげる」

「なぁに?」


茉麻は相変わらずぽけっとした表情のままハテナマークを浮かべた。


「そんな可愛い顔してたらももこお姉さんは我慢できません」

「…ん?」

「あのね、もうちょっとちゅうさせて?」

「えへへ、いいよ」


もう無理、自分の気持ちに従おう。

子供茉麻を大人に戻してあげるっていう建前をつけて。


そんなやりとりをしているうちに、茉麻のほっぺのピンク色が薄くなってるのは見てないフリ。





end.

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