氷のように

□極悪非道の妖怪 妖狐蔵馬
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「……黒鵺―――――!!!!!!」


悲痛な叫びが雷鳴に掻き消される


目の前で起こった出来事に、麻痺した脳が着いていかない

今理解出来るのは
悪友が危ないという事のみ

「俺に構わず!逃げろ蔵馬!!」

竹の空洞から鮮血が吹き出る。

痛みも苦しみも、今の彼には感じていない。

蔵馬は躊躇した。


ここで黒鵺を見捨てろと言うのか?

黒鵺を犠牲にして、自分だけ生き延びろと言うのか?

そんな外道な事出来る筈が…

しかし今彼から竹を抜けば、間違いなく大出血を起こす

仮にそれを承知で抜いても、追手に追われているこの状況下で応急処置等出来る筈もなく
どちらにしろ最悪な結末しか待っていない。


しかも最悪というのは

思っていた以上に幾重にも重なるもので…



「!」

追手の声が聞こえて来た

何十もある足音が、一斉に此方へ向かってきている。


やばい
このまま行けば二人纏めて…!

「早く行け!!」

黒鵺の怒号が蔵馬の背を押した。

蔵馬は追手から逃れる為に走り、ただがむしゃらに風を切る

あの時と同じ様に……。


銀太!行ケ!!


懐かしい声が甦る


俺に構わず!逃げろ蔵馬!!


唯一の親友と言っても良かった妖怪の声と
自分の支えだった烏の声が重なった。


あの時の情景が、蔵馬を洗脳する。


同じだ

真っ暗で草と湿った土の匂いが充満して…

烏と黒鵺の声だけが頭に木霊する

何も出来ない自分はただ無心で走り、一人になってしまうのではという恐怖に苛まれる

でもあの時なんかよりも視界がはっきりして、足取りもしっかりしていた。

掌に爪が食い込んだ痛みは感じても、不思議と恐怖は感じていなかった。


今彼に有るのは

真っ白な"無"だけ―――



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