氷のように

□雨と闇と奪われた幸福
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どすっ!
鈍い音を発てて爪が食い込む音がした。
しかし銀太に痛みは感じない。
「……?…」
目を開けた銀太は自分の目を疑った。

自分に覆い被さる影。
草色の髪は乱れ、穏やかな容貌は苦痛で歪んでいる。
「…そぅ…えぃ……!」

ぽた…ぽたぽた

銀太の頬や服に落ちてくる雫。
生暖かい、赤い雫。
銀太の心臓が不自然に跳ねた。
霜霙の鎖骨の下を貫いてる爪が銀太に雫を落としていく。
『チッ、邪魔ガ入ッタカ』
ズ…と音が発ち、妖怪の爪が霜霙から離れていく。
必然的に霜霙は重力に従い、銀太の上に崩れ落ちた。
「ぁ…」
生暖かい鮮血が体を濡らしていく。
服も腕も、紅に支配された。
怖いと思った。
本当の父の様に思っていた人が居なくなってしまうと理解出来てしまうのが。

「…ぎん…た……。」

霜霙の消え入りそうな声が耳の良い銀太に届く。

「そぅ…ぇ…ゃだ…やだよぉ…っ!」

こわい

ひとりにしないで

とおくにいかないで
言いたい事は多々あるのに、口に出せるのは『嫌だ』という言葉だけだった。
霜霙は苦し気に顔を歪めながらも、しかし安心させる様に微笑んみ、弱々しく髪を梳いてやった。

「もっと一緒に…居てやりたかったんだがなぁ…」

その言葉を最期に、霜霙の手は銀太から離れた。

それが合図かの様に、闇色の空からぽつりぽつりと、次第に強い雨が降り注いだ。
紅は洗い流され、同時に、徐々に体温を失っていく身体。

「そぅ…ぇぃ…っ」
その妖怪はもう動かない。

霜霙…何で、黙ってるのさ
ほら、いつもみたいに返事してよ。
いつもの優しい声で、名前を呼んでよ……!

『邪魔者ハ消エタ。次ハオ前ダ』
耳障りな妖怪の笑い声。
汚ならしい笑い方。
全てが不快になるその姿。
しかし今の銀太は、その声や姿を聴覚視覚で捕らえる事が出来ないでいた。
まるで時が停まった様に茫然とし、動かなくなった父同然の妖怪に縋り付く形になっている。
妖怪が爪を、動かない霜霙と銀太目掛けて降り下ろした。
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