氷のように

□赤にまみれし銀色の妖狐
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静寂がその場を満たす。
首を巡らすと、自分に手を伸ばしたまま力尽きた女が居た。
ぴくりとも動かない、どの同胞達よりも無惨な姿をした女。
これが自分の母親だということを、赤子は知らない。
赤子は…『蔵馬』はきょろきょろと辺りを見回した。
闇の中に居たときから、自分を呼んでいた声の主はどこだ。
ここで蔵馬は、漸くひっくとしゃくりあげた。
目いっぱいに涙を溜め、声を上げて泣き出した。
その泣き声は、声の主である母を求める、切ない叫びのようだった。


どれくらい経っただろうか。
泣き続けて声が枯れ、飢えと渇きで意識が朦朧としていく。
やがてふつりと声が止み、蔵馬の意識は闇に消えた。


次に見えたのは、黄ばんだビニールだった。
「………」
生まれたばかりの子供はそれをじっと見つめた。
ばさばさばさ。
耳元で音がした。
右の方を見ると、右耳の近くに、黒い物体がある。
「カァ」
「………」
カァと鳴いた物体を、赤子はじっと凝視する。
つん
「っ!…っ、っ…っひにえぇぇぇぇぇぇ!!!」
黒い物体に頬を軽くつつかれた赤子は驚いて泣き出した。
「カアァ!泣イタァ!泣イタアァ!!!」
黒い物体はぱたぱた飛び回りながら慌てふためいた。
ちなみにこの物体は烏だ。
一見普通の烏。
ただ普通の烏と違う所は、『喋る』ということだ。
「どうした鵠絽(こくろ)…ん?」騒ぎを聞き付け、一人の男がやって来た。
浅黒い肌。
四十路を過ぎた位か。
草色の長髪を首の後ろで1つに束ねてあり、くすんだ桔梗色の目は、穏やかな光を宿していた。
慌てふためく烏と、大泣きしている赤子を見た男は、笑いながら赤子を抱き上げた。
「ほれ、泣くな泣くな。」
慣れた手付きで子供をあやす男。
あやされるに連れ、赤子の泣き声が小さくなっていき、やがて眠りについた。
「…ふぅ…。鵠絽、お前つついたろ?止めろと言った筈だ。」
「ツツキ駄目?」
「駄目。」
鵠絽と呼ばれた烏は、一度カァと鳴くと、男の肩に乗った。
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