13番目の推命

□【第2話】 ガゼボ
1ページ/19ページ




目の前が真っ暗になった。

何が起きたのか、何を言われたのか。

茫然と立ち尽くす私に、あなたは言った。


生きろ。

それが僕の最後のワガママだ。



【第2話】 ガゼボ



「移送ができないだと?!どういうことだ!!」


病室の外では草壁の声が響いていた。

ベッドに横たわる雲雀の容態は、意識がなくなったり戻ったりを繰り返していて安定しない。

今すぐに設備の整った病院に移送するようにと怒鳴る草壁の声は涙声だった。



「この人が死んだらどうなるのか…あんたら分かっているのか!!」



分かってない訳ないわよ、哲。

ルイはそう、心の中で思った。

自分だって本当は泣き叫びたい。

もしかしたら、草壁が来てくれなかったら自分の方があんな風に取り乱していたかもしれない。

しかし…。

ルイはもう何となく分かっていた。

最愛の夫がもう…天に召されようとしていることを…。



「ルイ…ルイ…」

「恭弥…?」

「お腹の子と…話をさせて…」



シュー、シュー、と呼吸器の音に声が霞むのが痛々しい。

酸素マスクをつけられた包帯だらけの雲雀はルイのほうに震える手を伸ばした。

大きくなったルイのお腹にいるのは妊娠7ヶ月の子ども。

性別は女の子と言われていた。

指先がルイに届くと、雲雀は微かに笑ったようだった。



「メイ…ごめんね…お父さんは…君には会えそうもないや…」



雲雀のその言葉に、ルイはついに涙を堪えきれなくなった。

弱ってゆく怪我人を不安にさせてはならない。

そう思って耐えていた我慢の糸が、その一言でぷっつりと切れてしまった。

もう、雲雀には分かってしまったのだ。

自分がもう、これ以上生きられない事が…。



「恭弥…っ…」

「ルイ…君にも謝らなきゃな…」



ぎゅっと握った手はまだ暖かかった。

しかし、その力は雲雀のものとは思えないほど弱弱しい。

信じたくなかった。

離したくなかった。

ルイは自分と同じ金の小さなリングがはまった手に縋り付くようにして啜り泣いた。



「こんな…ワガママな男と…一緒にいてくれて…ありがとう…」

「嫌よ…!そんな言葉聞きたくない…っ…!」

「こどもたちを…頼むよ…母さん…」



雲雀の声はかすれていた。

子ども達の通う学校や保育所には既に連絡してある。

だが迎えに行ってくれた風紀の車が渋滞に捕まり、ここまで来られないという電話がついさっきあった。

きっと雲雀はもう、子どもたちには会えずに逝ってしまうだろう。

愛する子どもたちのため、ルイに伝える最後の言葉。

雲雀はそのために必死に命を繋いでいるようだった。



「恭吾は強くなる…多分…僕よりずっと…」



天井に向いた視線が定まらない。

雲雀は目すらも既によく見えていないのだろう。

一生動けなくても、話せなくなっても良い。

ただ生きて欲しいと、ルイは思った。

しかしもう…それは叶わぬ事だった…。



「僕に代わって…敵をかみ殺せと…きっと恭吾なら…やるはずだよ…」

「…っ…」

「将来…恭介は僕の跡を継いで…風紀のトップに…アイと恭平は…」



雲雀は最後の力で家族に向けて言葉を遺そうとしていた。

ルイは涙を拭い、今までの出来事を頭の中で回想した。

子どもが次々に生まれ、親としての責任を負うようになった雲雀とルイ。

雲雀は『群れ嫌い』の片鱗も見せず、1人1人の子どもに向き合い、愛した。


そして…誰よりも子どもの幸せな未来を願った。


次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ