5つ目のターゲットマーク
□【第二十話】 ゲイシャガールは鬼畜の顔を見たか
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「舞妓…さん?」
「嫌やわぁ、何いうてはるの?」
「うちら、ここの『ゲイシャ』やしい〜。」
【第二十話】 ゲイシャガールは鬼畜の顔を見たか
ぽかんとする千汐を見て、女たちはケラケラ笑っていた。
衣装も髪型も、京都の祇園や先斗町にいる舞妓や芸子のような仕立て。
だが、女たちは正規の舞妓や芸子とは違う。
男を相手に身体を売る売春婦だ。
三味線も弾けなければ踊りの稽古をしたこともない。
あるのは客を引くノウハウだけだ。
「あんた、売られてきた子なんやろ?」
「誰に連れて来られたん?」
「え〜っと…彼氏に。借金があってさ。」
「キャハハハハ!うちと一緒や!」
「そうなんやぁ、いくつぅ?」
綺麗な外見とは釣り合わないこの偽物くさい付け焼刃の京言葉が『飛田新地』のゲイシャの特徴だ。
ターゲットは主に日本へ「ゲイシャ」を求めてやってくる外国人のツアー客だ。
多いのはヨーロッパや韓国からの客だという。
本物の舞妓や芸子は身体を売らないうえ、紹介者のいない「一見さん」では会う事すらできない。
そのため、非合法と知っていて続々とこの現代の色町へやってくるのだ。
「ええな?どこ出身や、て聞かれたら『生まれも育ちも京都です』って言うんやで。」
「はい。」
「はい、やない。へえ、て京言葉で答えるんや。」
「おかあさん」と呼ばれる年かさの女たちが千汐の教育係兼世話係としてついた。
飛田新地も「飛田遊郭」と言われ有名であるが、女たちのブランドを高めるためには京都といった方がいいらしい。
現代の「遊郭」の中は必ずしも時代考証が忠実とは言えない造りだった。
多くの若い女たちは舞妓を思わせる格好をさせられているが、トップのゲイシャは江戸吉原の「花魁」のような衣装。
あくまで外国人ウケを狙った「フジヤマゲイシャ」の世界なのだ。
「ここが…今回の戦場か。」
客が来るのは午後6時を過ぎてからだ。
それまでは割と自由らしく、近所に自宅のある女たちは帰って寝たり、店の裏に寝泊まりする者も買い物に行ったりするらしい。
千汐のように「売られてきた」立場の女は店の男たちに監視されているものの、逃げ出しさえしなければいいという感じだった。
そのため、部屋に五ェ門が来ていても何も言われなかった。
女にちゃんと「仕事」さえさせれば、客のいない間に何をしようが男の勝手というわけだ。
「酷いよね、ここ。嫌だったけど彼氏と別れたくないからここ来た、って子とかそんなのばっかり。」
「男も男でそれを何とも思っておらん輩ばかりだ。全く…ここに長くいると人間が腐りそうだ。」
「…って、何ですかそのスマホは。」
「うむ。せっかくなので何枚か、な。」
「五ェ門、けっこう楽しんでない…?」
結髪の千汐を、五ェ門は何枚も「写メ」した。
衣装は偽物だが、やはり千汐は着物が似合う。
畳の上で膝枕してながらにやりと笑う傷面の男…。
彼は何だかんだ言いながら、作戦どおり「非道な男」をきっちり演じていた。
「千汐、そなたの準備のほうは抜かりないな?」
「大丈夫。眠り薬に幻覚剤、それでもダメならラブドール。」
「…そこにしまってあったのか。」
畳の下に仕込んだのは、千汐とうり二つの「空気人形」だった。
客の目を欺くため、ルパンがここに来る前に持たせてくれた最終兵器。
男が盛ってきたら、素早くこれと入れ替わって誤魔化すのだ。
これのおかげで千汐は「仕事」をせずに済む。
だが、身体の「細部」まであまりにも似ているため、千汐にとっては若干複雑な代物だった。
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