Route 66
□Episode7.ライトニング・クォーツ
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薄暗い部屋には石膏でできた像が並んでいる。
手のひらくらいの大きさのそれらは、手を広げた人か不思議な深海生物のように見える。
あるいは、何かのテーマに沿ったオブジェか…。
ジェシカはそれらに深い愛着を持っていた。
そして、遠く離れて暮らす彼女の兄はさらに特別な思いを抱いていた。
「アーニー、キャサリン…うふふ。」
一番古く、手あかが染みついて黄ばんだそれらがジェシカのお気に入りだった。
軽くキスし、並べて元の場所に戻す。
そして、一番新しいものを手に取った。
「スパロワ…。」
唯一、それだけが石膏像ではなく液体に漬けられた状態でガラス瓶に保管されていた。
シールに書かれた日付は5年前。
白いふわふわした物体が黄ばんだ水に浮いている。
ジェシカはそれをぎゅっと胸に抱き、愛おしげに頬ずりした。
そして、「ママ」と呟いた。
「見て、今の私…あなたにそっくりでしょう?」
ガラス瓶に映る女の顔。
円熟した美しいカラードの中年女。
晩年まで幾多の男を魅了し、何人もの優秀な「子ども達」を従えてきた裏社会の女主人。
液体の中の「彼女」は何を思っているのか。
ジェシカには関係ない事だった。
だが、間違いなく彼女の「思考」はそこにある。
愛する兄はそう言っていた。
だから、間違いない。
「…女は子宮で考える。男はペニスで考える。」
口に出して言い、1人ではにかむ。
やっぱり兄のようには堂々と言えない。
恥じらってしまう。
「仕方のない事よね。」
「愚かだわ。」
「だって私は女の子ですもの。」
「もう女の子はとっくに卒業してよ、ジェシカ?」
「嫌よ。」
自分の声と、自分が今なりきっている女との声を重ねながらジェシカは服を着替えた。
今日はクリスマスイブだから赤が良い。
血のように真っ赤な赤。
いや、だめだ。
やっぱり黒。
赤はスパロワの着ない色だった。
「お前はどう思う、カイト?」
振り返った棚の中に、一際大きなガラス瓶があった。
その中に白いものが浮いている。
ホルマリンに漬かった人間の脳だった。
ジェシカはガラス越しにそっとそれに口付けし、傍らのペンダントを首にかけた。
ザラザラとした肌面を持つ小さな水晶。
確か、ライトニング・クォーツという名で売られていた。
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