5つ目のターゲットマーク

□【第二十話】 ゲイシャガールは鬼畜の顔を見たか
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ルパンは天井裏に潜み、息を殺していた。

獲物をしとめるには欲を出さずにチャンスをじっと待つ事も必要だ。

隣に座る五ェ門も同じようにして耐えていた。

薄い天井板の下からは千汐の声が聞こえてくる。

そして…ブチブチという微かな音がこの空間を占めている。



「最悪だな…。」

「…言うな。」

「暗くて助かったぜ…全くよ。」



ルパンは口をハンカチで覆っていた。

糞便と、そこに鉄が甘く腐ったような匂いが混じる。

懐中電灯を持つ五ェ門は努めてそこにあるものを照らさないようにしていた。


そこには、女の死体がある。


血に濡れ、無数のウジに食まれる切り裂かれた女の身体…。

部屋に満ちる音は、羽化すれば蠅となるその小さな虫の蠢く音だ。

死後1週間…だろうか。

下の部屋の暖かさと、凌辱され切り刻まれた状態が災いし、腐敗が早いようだった。

自分たちの出足は遅かったのだと、歯がゆく腹立たしい。

唯一幸いなのはまだ、その犯人が逃げ出していない事だ。

そして…

今もその「獲物」を狙っている事だ。



「千汐があそこで気づいてなきゃアウトだったかもな。」

「女の勘というものなのだろうが…。」

「流石あいつだぜ。」

「もしくは…この『高尾』という女が千汐に教えたのやもしれぬ。」

「高尾花魁…な。」



江戸の昔から今に伝わる名高き高尾花魁。

その名を借りた飛田新地のゲイシャ、高尾は誰にも気づかれず、天井裏で骸と化していた。

夜も深まる店の中は、女と客との嬌声に満ち、叫び声を上げたところで誰も気にしはしない。

気づくのは朝になり、女が部屋から出てこないようになってからである。

しかし、その「女」が何者かにすり替わり、何食わぬ顔で過ごしていたとしたら…。

ルパンにケンカを売った男はそんな「もしも」を体現する男だった。



「今夜は、アンタの間夫…来ぉへんのかいな。」



出窓に座った「高尾」はすう〜と煙草を吹かした。

「それらしく」見せる為に女たちは煙管を吸うように言われている。

慣れた手つきで吸って見せる美しい女。

千汐は適当に誤魔化した返事を返した。



「…あの人は勝手やから。下で適当に仕事して、昼間はうちの部屋で昼寝して帰るんどす。」

「ただの昼寝やないくせに。」

「はぁ。」

「うち、知ってるんやで…千汐ちゃん、夜もここで五ェ門と寝てるやろ?」

「…。」



高尾は意味深な笑みを浮かべてこちらに近づいてきた。

そしてそっと、千汐の首筋に手を置いた。

そこには男に吸われてついた小さな赤い痣…。

それは客につけられたものではなかった。



「こんなところに赤いのつけて…他のお客さん怒るえ?」

「お客さんに…されたんどす…。」

「お客さんやないなぁ、千汐ちゃん?」



高尾はクスリと笑った。



「これつけたんは、独占欲のたかぁい…アンタの旦那さんや。」




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