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□ 【第十八話】 京の都と鬼の花嫁
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千汐が選んだ着物は、ごくシンプルな白無垢だった。

せっかくの春の景色を邪魔してはいけない。

そう言って、豪奢なものは選ばなかったのだ。

だが、それがかえって良かった。

化粧をしたのは不二子。

純白に、一筋の紅。

千汐の顔立ちの良さをぐっと引き立てる拵えだった。

文句なしの美しい花嫁。

五ェ門の顔から笑みがこぼれた。



「どうかな…?」

「うむ…待った甲斐があった。」

「お父さん、どう?」

「くそう…娘ができた途端に嫁に行く経験をするとはなぁ…。」



銭形の一言でその場にまた笑いが起こった。

昨日の晩まで儀式の手順を確認していた千汐は少し緊張気味で口数が少ない。

散り際の染井吉野に囲まれて…。

笙の音と共に、式は静かに始まった。



「…いにしえより家の栄えるも衰るも夫婦より始まり…国の治まるも乱るるも男女より起るならい多ければ最も慎むべきは夫婦の仲と知るべきなり…されば…」



宮司の読み上げる祝詞が社殿に響く。

列席したのはルパン一味と銭形夫妻、それから4代目ねずみ小僧次郎吉の夫妻と、あとは五ェ門の親類が10人ほどいた。

三々九度を済ませると、そこからは五ェ門の一族に伝わる儀式に移る。

五ェ門の叔父という男が、一振りの刀を出してきた。

それは、雅な意匠の施された少し小ぶりの太刀だった。



「これは、大阪城から初代・石川五右衛門が奥方のために奪ったという守り刀だ。」



この刀で五ェ門が千汐の髪を一房切り取り、神社の火で焚きあげる。

それが済んで初めて千汐は五ェ門の妻と認められるという。

石川の家を継ぐ者が現れた事をあの世の先祖たちに伝える意味があるのだ。



「では…肩のところを少し…。」



綿帽子を外し、五ェ門は千汐を後ろ向きに座らせた。

刀を包んでいた紙の「封」が解かれ、巫女が五ェ門に刀を差し出す。

そのときだった。

急にどっと吹き込んだ南風。

社殿にはらはらと桜の花びらが舞い散った。



「何だ…!」

「あれは…?」



翻る赤い衣。

響く横笛の音。

逆光に揺らいだその姿は、紅の袴を身に着けた「白拍子(しらびょうし)」だった。

節木増(ふしぎぞう)の面に、長い黒髪。

女の声が、儀式に待ったをかけた。



「その縁…結ばるるに与わず…。」

「…!」

「宝刀は、妾が頂戴仕りまする…。」



しゅっと伸びた深紅の帯紐。

それは刀の柄を捕え、一瞬のうちに五ェ門の手から奪い去った。

翻る赤い裾。

舞い乱れる桜の花嵐と共に、白拍子は空中へと舞い上がった。




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