小説2

□我が恋愛指南
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夕食を終え、シルクのカバーが掛けられたソファーに夫妻は腰を下ろした。
目下に暗夜らしい気品を醸し出す卓を挟み、これまたシルクのカバーが掛けられたソファーに息子が腰掛けている。


「父上と母上の仲睦まじさは軍の中にも知れ渡っているよ」


ジークベルトの言葉にカムイは先程の所業が頭に過ってしまう。
しかし隣のマークスを見たところで、その表情に一切変わりはなく。
それどころか彼に腰を堂々と抱き寄せられる。
――間近に見えた夫の耳は、ほんの少しだけ紅くなっていたが。


「……それはいいことだな。
『私の』カムイには、他の者が付け入る隙間など微塵もないのだと。
そう公言している気分だ」

「流石は父上。
遠慮のない惚気ですね」


ジークベルトは己の手を見つめる。
やはり父のようには上手くいかないらしい。
彼の血を継いでいるとはいえ、自分にはさっぱり分からないのだ。


「ジークベルト、お前の事情は大体分かっている。
私とカムイがそうであるように……。
お前も誰かに心を奪われているのだろう?」


父の言葉に息子は自分の両親の顔をそれぞれゆっくりと見比べ。
それから静かに頷いた。


「そうなんです。
……女の子を追い掛け回したい、というのは少し語弊がありましたね。
実はある女性に、私は恋をしている」


その彼女の心を、追い掛けたい。
その彼女の愛を、いつまでも手に入れていたい。
その彼女の秘密を、全部知りたい。
その彼女のことを、守りたい。


……一々自分の胸中を語っていたらキリがないのだが。
ジークベルトはそれでも彼女のことを想う時間が、愛おしかった。


「ですが私はこの気持ちを初めて味わいました。
心の中はこんなにも彼女のことで一杯なのに、私は彼女を幸せに出来ているのだろうかと。
……そう思うのです」

「誰しも初めてのことには戸惑いや不安を覚えるものですよ」


カムイは拳を固く握る息子の前でマークスに視線を送る。
ね、マークスさん、と首を傾げると彼は深く頷いた。


「私も、カムイも、互いに初めて惚れた相手同士だ。
お前から見れば確かに私達は経験豊富に映るかもしれん。
だがそれは全て、共に時間を過ごす中で築き上げてきた気持ちから生まれたものだ……」

「気持ち、から」


迷いを生み出すのが気持ちだというのなら。
その迷いを打ち砕くのもまた気持ちである。
ジークベルトは父から常々そう教わっている。
今回もつまりはそういうことらしい。
彼女を幸せに出来ているか悩む気持ち。
そして彼女を幸せにしようと奮い立つ気持ち。
まったく、父の言うとおりである。


「父上、母上」


青年は立ち上がると穏やかな笑みを浮かべた。
その顔は迷いを打ち払った、というよりは。
打ち払うために何かを強く決意したような表情で。


「やはり気持ちには、気持ちを以って影響を与えるべきなのかもしれない。
私は彼女を幸せにしようする『気持ち』を高めたい」

「ジークベルト……」


カムイは息子にはっきりと夫の面影を見た。
迷いを抱きながらも、それでいて歩みを止めない様子。
そして一人の女性を想うと、その心に嘘偽りを持たずに真っ直ぐに進むところ。
さらには。


「その為に見せて欲しいのです。
あなた達二人の、愛し合う気持ちを!」


――少々ズレた努力をする点も。


「そういうことならば致し方ない。
普段はカムイが恥じらうので遠慮しているのだが。
ジークベルトの前で、二人の愛を交わし合うことにしよう」

「え、その、マークスさん?
こ、心の準備が、ですね……っ!?
深呼吸する暇くらい与えてくれてもいいんっ、じゃ……、ん……っ!」


その瞬間からマークスの目の色が変わったのは、もはや言うまでもないだろう。
カムイの身体はソファーに押し倒され、その後滅茶苦茶に愛でられたらしい。
――語弊がないように言うが、夫妻二人の服は少々乱れた程度である。
ジークベルトでも、まだ直視出来る程度である。
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