小説2
□我が恋愛指南
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父は息子の背中を何度も見ていた。
口では何も語ろうとはしないが、しかしどこか哀愁を漂わせる彼。
息子はついには肺一杯に空気を取り込み。
やがてやり場のない気持ちを深く、深く吐き出した。
「父上」
「……どうした」
マークスでもようやくか、と思う程の時間。
それほどの葛藤がジークベルトを悩ませていたのだろう。
父、マークスは息子の声を聞きながらも軍議用の資料作りのため書面に万年筆を走らせる。
が、その数分後には。
「最近の私は、女の子を追い掛け回したくて仕方がないんだ」
筆は完璧なまでに真っ二つに折れ。
インクがシミとなって書類を黒く染め上げていった――。
「まあ。
ジークベルトがそんなことを?」
「ああ……」
マークスは鍋の中をお玉でかき混ぜる妻の隣で、人参やジャガイモ、それから玉ねぎを十分に研がれた包丁で一口大に切りつつ。
先の息子の様子を彼女にぽつりと語った。
すると彼女は不意に手を止め。
目元を細めて柔和な笑顔を浮かべた。
「マークスさん。
本当はジークベルトがあなたにそう打ち明けた意味を知っているんでしょう?」
「…………、」
マークスは何か言葉を発しようとして口を小さく開くが。
それよりも今は自分の湧き上がる衝動に正直になっていたかった。
彼女の横髪を撫でながらそっとその耳に掛け、今度は耳裏に自分の親指を回す。
彼女の丸い頬を残る指で包み込み。
彼女の顎をくいと上げる。
二人の距離は時間が止まっているかのようにゆっくりと、愛おしさを味わいながら縮まっていく。
目を閉じると更に気持ちは昂ぶって――。
その時のことだった。
「父上、母上。
ただ今戻りま――……」
マークスの唇がちょうど彼の妻のそれに触れているところだった。
目の前で熱を帯びた唇同士が優しく触れ合う様子に、今しがた戻ってきた彼は。
「……、せん。
もう少し、後で出直してきます」
身体を180度回転させて扉に手を掛けた。
「は……、うぅ……」
堪らず顔に熱が集中し、両手で顔を覆うが。
マークスの妻はその場に力が抜けてしゃがみ込んでしまう。
「カムイ……」
マークスは愛おしい妻の後頭部に腕を回し、彼女を落ち着かせるため自分の肩にその顔を埋めさせる。
そして。
「構わん。
ジークベルト、こちらにきなさい」
ここで息子の名を呼んだがために始まる生活を。
マークス、カムイ夫妻はまだ知らない。
彼らの息子が再び衝撃の一言を放つまでは。