小説2

□歌姫と覚醒の竜
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「おいまさかテメェ、フェリシア。
また得意の皿を割った挙句片付けもせずに出掛けたんじゃないんだろうな?」

「は、はううぅぅ〜!
そんなに言い寄らないで下さいよお。
これじゃジョーカーさんの気迫に押し潰されて、風呂に浮かべるはずの花が押し花になっちゃいます……」

「ったく。
俺はお前の執事じゃないんだ。
自分の失敗ぐらい自分でなんとかしやがれ」


と口では文句を言いつつも、カムイ様がもしこの上を歩くようなことがあっては危険だからと皿の破片を処分するジョーカー。


「うう〜。
確かに今朝は皿を割ってしまいました。
でも姉さんに片付けを見届けてもらってから二人で買い出しに行ったんですよ。
それから私は皿に近づいてもいないですし……」

「はぁ?
俺が割れた皿を見つけたのはお前達が帰ってきてからだ。
皿に近付いていないというフェリシアの言葉やフローラの目を信じるなら、この皿はひとりでに割れたことになるぞ」

「ひとりでに、って――」





フローラは花に水を撒きながら一人ため息をつく。
たった今妹に怒声を浴びせている彼の目に、誰が映っているのか彼女は知っている。
執事やメイドならば常に主を気に掛けるのは当然のこと。
しかしながら人間としては、いや一人の女性としての感情なのだろうが。
その目にこの身を映して欲しいとそう思ってしまう。


「ただいま帰りました、フローラさん」

「お、お帰りなさいませ……、カムイ様、皆様」


と物思いに耽っていると急に主が声を掛けてくるものだから。
その動揺からか撒いていた水をつい凍らせてしまう。
フローラは急ぎ厨房にいる二人に主の帰還を伝える。


「「お帰りなさいませ、皆様」」


ジョーカーとフェリシアの声が重なる。
カミラはメイドが後ろ手に持っている花束に気付くと綺麗な薔薇ね、とその美しさに見惚れてしまうのだが。


「もしかして得意のアイスフラワーにして部屋に飾るのかしら?」

「はわっ!?
す、すみませんカミラ様っ。
すぐにお風呂に浮かべてきますね……」

「あらまあ。
足場は滑るから、ケガには気をつけてね?」


途中転びそうになりながらも早足で彼女はリビングから去っていく。
ちっ、花弁を散らしていきやがって……と悪態をつく声がジョーカーから聞こえた気がする一同だったが、マークスの言葉でその場は一蹴された。


「私達が留守の間、何か変わったことはなかったか?」

「ええと、皿が……」

「皿?」


マークスとレオンは書類にそれぞれ目を通していたが、執事の言葉に振り返って聞き返してしまう。


「レオンお兄ちゃん、今度は鞄を裏表逆にして使っちゃってるよ?
ほらほら、カムイお姉ちゃんも早く制服から着替えちゃおう!」

「ちょ、僕はまだ話が……」

「あっ、次はマークスお兄ちゃんを部屋に連れて行ってあげるからね!
それまでちょっと待っててよ」


エリーゼに連れられ、レオンもカムイもそれからカミラもリビングから立ち去ってしまった。
きっと彼女なりの気遣いだったのだろう。
家の心配ごとを背負うのはこの兄の役目だ、と言い聞かせていたことをどうやら覚えていたらしい。
マークスはエリーゼに心の中で礼を言いながら執事と向い合う。


「……些細なことでもいい。
私のきょうだいやお前達に危害を加える可能性があるあらゆる物から、私はこの身を挺して守りたい」
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