小説2

□『きょうだい』
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上を見上げればどこまでも澄み渡る蒼。
下を見下ろせばどこまでも生い茂る緑。
そして前を見据えれば、ある心の熱さをこの景色に焼き付けるような紅。


「おい、大丈夫か?
ぼうっとしているようだが。
私たちはきょうだいなんだ、何かあれば相談に乗るぞ」


彼女は私の肩を軽く揺する。
『きょうだい』――。
何故初めて顔を合わせた彼女は、こんなにも私に親しみを込めてそう呼ぶのだろう。


「もしかして、ただ寝ぼけているんじゃないの?
姉さんは昔から寝起きが悪いだろ」


彼女の後ろから少年が呆れた様子で腕を組みながら歩いてくる。
長髪を後ろで束ねた彼もまた、『姉さん』と私のことを指す。


「あのあのっ!
それなら私が、姉様の手を揉んで差し上げますね。
えっと眠気の覚めるツボは……」


紅の髪を持つ女性の横から桜色の髪を揺らし、少女は私の手を取った。
まじまじと私の手と睨み合いをする彼女もまた、『姉様』と呼ぶ。


彼らとは初めて顔を合わせるはずだ。
彼らの名前も、好きな物も、嫌いな物も。
彼らがどんな性格で、どんな生活をしているのかさえ何も分からない。
だが何故か。
皆口を揃えて言う。
私が『きょうだい』なのだと――。





どこからか音が聞こえる。
これは女性の声、なのだろう。


「さ……よ……。
………様」


彼女の声に耳を傾ければ、彼ら『きょうだい』とは離れてしまう運命なのだろうか。
もしも。
もしも叶うのなら、きょうだいに話を聞いてみたい。


「あ…で…よ〜!
カムイ様!」


けれど私の意識は外に向かっているらしい。
徐々に女性たちの声が、言葉が、鮮明に耳へと届く。
せめてもう一度、と私は彼らを振り返ってみる。
『きょうだい』と呼んでくれた彼らの顔を覚えておきたい。
もしかしたら最初で最後の出会いかもしれないから。


「………姉さん!
………さん!
………さん!」


声を自由に発することさえ叶わない。
だけど私の唇は確かに彼らの名を呼ぶために動いていて。
心の奥底で、潜在的に彼らのことを知っているような気がした。


彼らは私に微笑むと、それぞれに手を振り踵を返す。
きょうだいが去ってしまう。
私が必死に手を伸ばすも彼らは風にその存在を連れ去られてしまい。
広い大地に私は一人、残された。


風は冷たさを増し。
私の頬を集中的に撫でる。


「きゃっ!?」


私は思わず身を縮め、意識が上へ、空へ、外界へと飛ばされるのを感じた。
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