タン

□その雨は君のため
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「くそっ…雨かよ」


仕事を終えてビルから出ると勢いよく雨が降ってきた。

傘のない蝉は両腕で顔を覆うように大雨の中を走っていく。

通り雨かと思ったが、やみそうな気配もない。それどころか雨足はどんどん強くなっていく。

蝉はひとまず雨宿りをしようと、小さな店の軒下に足を止めた。

店は閉まっていて、電気が所々に消えかけた自販機だけが寂しげに佇んでいる。
蝉はその隣に立って空を見上げた。どこまでも灰色で重そうな雲が続く。

蝉はポケットから携帯を出し、そこでハッとした。


「やべー…濡れちまった」


電源を押しても画面は灰色のままで、たまにバグを起こしたようにでたらめに光る。


「連絡しねぇと」


蝉は報告を待っている岩西の顔を思い浮かべたが、この状況ではどうしようもなかった。


「くそ、雨が止むまで待つか」


蝉がポケットに手を突っ込むと、先ほどの蝉と同じようにして、茶髪の青年が軒下に駆け込んできた。


雨で濡れた肩を払いながら、しきりに髪型を気にしている。


「あ〜まじうぜぇし」


独り言のように呟くとちらりと蝉を見た。


蝉は気にすることなく、空を眺める。


「最悪だよね、雨」


「あ?あぁ」


蝉は最初その言葉が自分に向けられたものと思わずぼんやりしていたが、男がこっちを見てくるので慌てて返事をした。


「もしかして、彼氏待ってんの?」


「は?」


「だから、この雨だろ?傘か車か、持ってきてくれる彼氏。君、かわいいし」


蝉は男の言う意味が分からず眉をしかめたが、どうやら女と間違われているんだと気づき、腹を立てた。


「俺、男だけど」


「え?」


「だから、男。口説くなら相手間違ってるっつーの」


蝉が一睨みしてそっぽを向くと、男は一瞬きょとんとしたが、すぐに気を取り直した。


「面白いねそれ、新しい断り方?」


「はぁ!?」


蝉は眉をこれきりというくらいつり上げたが、男は構う様子もなく、それどころかそんな蝉に興味を持ったのか、さらに一歩近づいてくる。


「そう怒んないでよ。俺こう見えて真面目なんだ。そーだ!この後暇なら、俺とどっかで時間潰そーよ」


「だから俺は…!」


そんな気はないしそもそも男だって言ってるだろ!



そう言おうとした時、目の前にぬっと傘を差した男が現れた。

蝉と茶髪男は同時に固まる。


顔を隠していた傘が上を向くと、蝉はそこに現れた見覚えのある顔に、あ、と間の抜けた声を出した。


「岩西」


「ごめんねおにーさん、それ、俺のなんだわ」


岩西は蝉の腕を掴むと、ぐいと傘の中に引き寄せた。ついでとばかりに男を睨む。


「さ、行こーぜ。お嬢さん」


「なっ…!」


からかわれた蝉は顔を赤くしながらも、さっさと歩き出した岩西についてその場を後にした。

男はぽかんと口を開けている。

何だよ、いるんじゃねーか、彼氏。と呟く声が聞こえたが、蝉は気付かないフリをした。


「何でこんなとこいるんだよ?もしかして心配で迎えにきたとか?」


「ばーか。偶然だよ。それよりお前携帯は?」


「あ、そーだ。ごめん、壊れた」


蝉がポケットから濡れた携帯を取り出すと岩西は溜息をついた。


「次の給料から天引きだな」


「まじかよー」


「当たり前だろ」


「ケチ」


蝉はふてくされながら岩西の肩に目をやった。
雨に濡れたスーツが他の部分より色濃く変色している。

岩西がここに来た事が偶然なんかじゃないと蝉はとっくに気付いていたが、追求はしなかった。

口にしたら、嬉しくてニヤケてしまいそうだったからだ。


「おい岩西もっと詰めろよ」


「こら、ぶつかんな」


蝉は雨を避けるフリして岩西にぴたりとくっついた。

狭い傘の下で肩をぶつけ合いながら、たまには雨も悪くないなと蝉は思った。


「次は防水にしねぇとな」


岩西が言う。


「防水かぁ…」


次の携帯の事を考える岩西とは裏腹に、蝉は、こんな風に岩西が迎えにきてくれるなら別に今のままでもいいかな...なんて事を考えていた。






end


2011.4.27

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