タン

□キスミーベイベー!
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昼下がりの公園で蝉はメールを打っていた。

日当たりの良いベンチに座り、隣にはコンビニで買ったビールを置いて、真剣に画面と向き合う。


「んー…これ、どうやって漢字に直すんだ…?」


普段通話しか使わない蝉は、単純な変換一つにも苦労する。


「あっ、こうか!こーやればいいんだ」


だんだんと慣れてきた操作に蝉はニヤけそうになる顔を必死で堪えた。


「あいつ、驚くだろーな。俺だって、メールくらいできるっつーの」


ようやく出来上がった画面を蝉は満足げに見つめた。
そこにはごく簡潔な文でこう書かれていた。


【今からそっちへ行く。ビール買ってやったから、待ってろ。蝉】


蝉は満を持して送信ボタンに指をのせる。
そこでふと、もう少し文章を足してやろうかと思い直す。
少しだけ考えて、カチカチとボタンを押した。


【お前、俺のこと、どう思ってるんだよ?】


自分が打った文章を見て、蝉は勝手に赤くなった。


「無しだ、無し!これは無いだろ…!」


恥ずかしさを打ち消すように慌ててクリアボタンを押す。


「あ?」


すると突然画面が切り替わり

【送信中】

と映し出される。


「はぁ!?ちょっと待った!!送るつもりは、ないんだって…!」


焦ってあちこちボタンを押し始めても、もう遅かった。


【送信完了しました】


の文字を見て、蝉は一気に青ざめる。

居ても立ってもいられなくなり、とりあえず隣に置いたビールの袋を持って立ち上がったが、それからどうすればいいのか分からない。

ただソワソワと辺りを見回す。

やばいやばいやばい

心臓をばくばくさせたまま、フワつく足どりでひとまず公園を出た。

何でボタンなんか押し間違えるんだよ…!

自分の迂闊さを死ぬほど後悔しながら公園沿いの道を歩いていると、後ろでクラクションが鳴った。


「?」


振り返った蝉は、驚きのあまり手にした袋を落としそうになった。

そこには、車を道路脇に寄せようとする岩西の姿があったのだ。

岩西はハザードを点滅させ、蝉の隣でゆっくりと車を停止させた。


「偶然だな、蝉。お前今からうち来るつもりだろ?乗ってけよ」


ウインドウから顔を出す岩西を、蝉は呆然と見つめた。


「何固まってんだよ?早く乗れよ」


「うっ…!?うん…」


言われるままに乗り込んだものの、蝉はさっきの事が気になって気が気じゃない。

窺うようにちらりとフロントミラーを覗くと、岩西も蝉を見ていた。


「…!」


蝉は慌てて目を反らす。


「何だよお前、なんか変だぞ?」


不思議がる岩西を見て、蝉は意を決して切り出してみることにした。


「あ、あのさ…!メール、見た…?」


「メール?お前俺にメール送ったのか?」


ごそごそと胸ポケットをあさる岩西を、蝉は必死で止めにかかった。


「送ってない送ってない!だからちょっと、携帯貸して…!」


「あ?何で俺の携帯をお前に貸さなきゃいけねーんだよ」


まとわりついてくる蝉を引きはがし、岩西は携帯を確認する。


「何だ、やっぱり送ってんじゃねぇか」


「あ〜!!ダメだって!!見ちゃダメだ!消してっ!」


騒ぐ蝉に構わずに岩西はメールを開いた。


「えーと何々?」


「あ〜…!!」


蝉は全身から血の気が引くのを感じた。消え去りたい気持ちでいっぱいで頭を抱え込む。


「ビール買って行くから待ってろ?何だよそりゃ」


岩西は笑いながら読み進め、そして目に入った最後の一文にピクリと眉を動かした。


「…俺の事、どう思ってるんだよ?」


「〜…!」


蝉は顔を真っ赤にして、その場に深々と項垂れた。岩西の顔など見れるはずがなかった。


「何だよこれ、告白か?」


「ちがっ…!」


苦し紛れのいいわけをしようと顔を上げた蝉の口を、ふわりと岩西の唇が塞いだ。


突然のことに蝉は固まり、まばたきをすることすらできない。
ゆっくりと岩西が体を離した後、ようやく今のがキスだったと頭で理解し、急に顔が熱くなった。


「ははっ。お前顔、赤すぎ」


「う…!うるせーよ!」


かろうじて反論するものの、心臓はまだうるさいほど音を立てている。


「答え、聞きたかったんだろ?すっきりしたかよ」


岩西に顔を覗きこまれ、蝉は涙目でまだ感触が残る唇を噛んだ。


「まだ分かんねーなら、もう一回してやるけど」


「いい!いい!もう、分かったから…!」


蝉は大きく首を横にふったが、本当はもう一度してみたい気持ちも少しだけあった。


「ひひっ。じゃあ、行くか」


岩西はハンドルに手を伸ばし、蝉は小さく頷いた。


コンビニで買ったビールは蝉の手元でとっくにぬるくなりかけていたが、蝉の手は、いつまでたっても熱いままだった。




end



2011.4.8
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