小話
□幸村×桜乃
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あと少し。
そう言って流れる汗も気にならないかのように相手の動作に気を配った。
越前リョーマ。
日本が輩出した、類まれなテニスプレーヤー。
全仏。
タイトルを俺は取る。
あげられた黄色いボールに強い思いを込めて打った。
耳に心地よいインパクトの瞬間の音、最高のサーブが決まった合図でもあり、越前は思わず、笑った。
フランスの青空のもと越前はタイトルをとった。
「リョーマ君。おめでとう。」
選手控室で呆然とトロフィーを見詰めている越前に声がかかった。
その先の人物を見て体が止まった。
越前は眼を見開いて驚いた。
日本にいると思っていた彼女がフランスにいる。
大輪の花束を抱えて、笑顔を咲かせ、立っていた。
艶の良い黒髪に軽くウエーブ、少しの風でもなびいてしまうやわらかな髪を遊ばせ、上品なミルクチョコレート色のワンピース。
ウエストフロントの大きなこげ茶のリボンと両サイドのポケット、スカート裾のレイヤードシフォンレースが20にもなるというのに少女のような可憐さを纏わせた。
もっている花束が桜乃の小さな顔を隠してしまうほどだったので、余計幼さを演出した。
これで、日傘でもさし、初夏の日本の軽井沢でも歩いていれば、間違いなくお嬢様と間違われてしまうだろう。
そんな桜乃に昔のような生意気な笑顔を向けて、
「どうも。」
とあっさり花束を受け取った。
嬉しくてたまらない、その感情をあまり出さない越前。
桜乃はその行為もさして気にせず、昔と変わらないなと思い出に浸っていた。
「あのさ、ここ選手控室で、普通は大会関係者しか入れないのに、なんで入れたの?」
「あっ、それは。」
「別にいいけどさ、もし、誰かがきて、あんたを追い出そうとしても・・」
“家族だから”っていえば、そう言葉をつなげ、桜乃を抱き寄せようと動いた越前に、思ってもみなかった言葉が浴びせられた
「越前、僕の奥さんに気安く触らないでくれるかな。ね。」
最後に会ったのはいつなのか覚えがないくらいの懐かしい顔の男がいた。
女と間違えるほどの顔立ちだったのが、たくましそれでも、麗しを秘めた、美青年へと成長していた。