切原×桜乃 長編
□「怒優」
1ページ/1ページ
桜乃は切原に渡したされたノートの完成度のすごさに今更ながら、すごいところを受けるんだと実感した。
どこぞの「●ペン先生」なんて目ではない。
間違えたところのフォローは勿論、正解であっても、違うアレンジの例題が出されていて、問題集を解いているよりも遥かに効率がいいようになっていた。
桜乃のノートを横から見た切原はあまりの文字と数式の量に眩暈を起こした。
“なんで、こんなもんみて、桜乃は嬉しそうなんだよ〜”
高校入学に挑もうとしている桜乃の手元のにあるものすら理解ができそうにない切原。
“こんなレベル高いんだ。うちって・・”
スポーツ推薦でスイスイッと入ってしまった切原には思いもつかない現実だった。
桜乃にノートを渡すのは切原、切原は桜乃が解いたノートを持って柳・柳生講師のもとへ運ぶ。
このリレーが週に何回か行われた。
しかし、桜乃はこの提案に最初から頷けなかった。
一言も話したことのない先輩方からこのような恩恵をもらってお礼も言えず、さらに切原をその伝達道具に使っているのだ。
桜乃は申訳がないと、切原に再度、この申し出を断ろうとした。
そして、桜乃は初めて、自分に対して怒っている切原を見た。
「桜乃、俺、先輩たちに初めて頼み事して頭下げた。」
“え”と桜乃は下げていた頭をあげた。
「そんで、先輩たちも俺の話ちゃんと聞いてくれて、お前に勉強教えてやるって言った。」
「・・・・」
「そういうのって、遠慮するだけが相手のためじゃないだろ?」
「・・・・・・・・・・・・」
切原は初めて、桜乃に対してこんなにきつい言い方をしている。
そして、それを受け止める桜乃は泣くのをこらえるのが必至だった。桜乃は切原が自分の泣き顔が嫌いなことを知っているからそれを隠すためにうつむいて、堪えた。
「なぁ、俺、桜乃に立海に入ってほしいんだ。」
「・・・・・・はい・・・。」
切原が桜乃のために出来ることがすくなく、それでもやれるなかで桜乃の力になってやれることを探してそれを実行に移している。
勉強だって本当は自分が教えたい。テニスくらい自信があるなら。
いじめからだって守ってやりたい。同じ学校なら。
切原は桜乃にやってやりたいことはいっぱいありすぎて、その中でようやく見つけたものを桜乃から否定された。
切原自体たしかに、お節介といわれるようなことをしたかもしれないがそれでも、その否定が切原には「立海に来たくない」と言われているようで、桜乃に対して腹が立ったのだ。
“はい”という弱々しい桜乃の返事に切原は溜息をついて、しゃがこみ、桜乃を見上げた。
「俺、お前に余計なことしたか・・・」
「・・・・・・・・・」
桜乃は涙がこぼれてくるのを止めることができず、声をあげたら泣いていることがわかってしまうから、左右に首を振った。
「ならいい・・。俺の先輩たちにこれ持って行っていいか?」
切原の手には桜乃の勉強の成果がある。
「・・・・・・・・・・・・」
桜乃はなかなか、はいと首を縦に振らない。
切原は桜乃が自分で涙をふいて、前を見るのを待つ。
“ぐす”と桜乃から発せられた音が最後で、桜乃は切原を見た。
「私、こんなに良くしてくれて・・どうしていいかわからなくて、逃げてました。
こんな待遇を受けていいような子じゃないのに・・・私じゃ、それにこたえられないような気がして・・・」
桜乃はいつも自信を持つことをしない。切原はそれが何故だかよくわからない。でも切原は、桜乃にはもっと自信を持って前を向いてほしいと思っている。
その思いが声になって外へ飛び出す。
「お前、もっと自分に自信を持てよ。少なくともお前は俺が見てきた女の中で一番いい女だぞ!!それに、絶対、勉強だっておれよりできるじゃないか。なんで、そんな自分に卑屈なんだよ。」
自分に自信が持ってづ、いつもおどおどしているのは事実。朋香からもよくいわれていたことだった“桜乃は、出来るくせにできないと思い込む”と。
桜乃自体、やろうという思いはある。だが、前に出る自信と勇気がないのだ。
「だって、いつも、ドジばかりして・・」
「そんなの、誰だってミスすることあるだろ?」
「転んだりして。」
「俺、歩いてて電柱ぶつかったことある。」
「運動だって出来ないし・・。」
「お前は運動できない、俺は勉強できない、同じじゃん。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そんだけか?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「たいしたことねーじゃん。」
切原に、ニカっと笑われる。桜乃はああ、この笑顔に救われてきたのだと、改めて感じた。
桜乃は目を閉じてすぅっと大きく息を吸って、肺の中の空気をゆっくりと出すように呼吸した。
目を開けて、切原を見つめる。
「覚悟はできたか」
「はい、赤也さん。先輩方にも、ご期待に添えるよう頑張りたいと思いますとおつたえください。」
ぺこっと頭を下げる。切原は下げられた頭を上からつかむように握りグリグリと力を入れて撫でまわす。
「お前はほんとーーーーーーーーーーーーーーに、難儀な性格だな。」
「あ・・・あ・赤也さん!!」
「遠慮が時には相手のためにならないってことがわかったか。」
「はい。」
「だったら、俺に遠慮なんてするなよな。」
ぎゅっと、桜乃の鼻をつまむ、切原。
「!!」
桜乃は驚いて、後ろへ跳び鼻を押さえた。
「泣きたいときは泣いていいし、愚痴りたければ愚痴ればいい、お前みたいなタイプに腹にためられるとこっちが冷や冷やする。
どこまで、我慢してるのかって思うだけで・・もう!!」
切原が自身の肩を抱いて身震いする様を表現する。
「私、そんなに、耐え忍んでる風に見えますか・・。」
「青学でもことを思えばそうだろうが。」
「はぁ・・。」
そうなのかな〜と考え込む桜乃。
考え込んでいる桜乃の背中をぐっと押す切原、そして、歩きだす二人、
「桜乃、一緒の学校通おうな!」
「はい、がんばります。」
と、ようやく桜乃を納得させ、初めて、そのノートをもって両先輩にお披露目となったのだが、そのノートを見せた瞬間二人の表情が変わった。
「えっ、柳生先輩、いまなんと?」
「ですから、彼女の学力が立海の試験くらいパスできるレベルまで来ているということです。」
「?」
「こんな問題が解けて、正解が書けなかったのはさぞ、苦痛だっただろう・・。」
「柳生。これは、レベルを上げる必要がある。」
「私も、その意見には賛成です。」
「この、数式の問題だが・・・」
「そうですか・・・ですが、こうしたほうが・・。」
もう、切原には未知の領域の二人の会話に、一歩づつ下がっていった。
「俺も、せめて、赤点がないくらいに勉強しなきゃな・・」
切原、勉強についてはじめて考える高校一年の春だった・・・。