羽鳥×千秋

□わがままな彼氏の事情
2ページ/3ページ


幼い頃からずっと一緒だった『トリ』

気が付けばいつも側に居て、同じものを見て、同じ事を考え、他愛ない会話を繰り返して、ふたりで肩を並べて成長してきた。

それがごく自然で当たり前で・・・・


 だから、『恋』をして。


それから社会に出てからも歩む道は同じで、俺達はしょっちゅう顔を合わせている。

 
こんなのって、付き合ってる二人には好条件で、会いたくても会えない恋人同士から見れば羨ましい・・・なんて、思われるかも知れないけど・・・


 トリと俺の場合はそうじゃないっっ!!


まず、第一に、トリが俺の家に来るのは原稿の進行具合に喝を入れる為。

恋人同士の逢瀬など何所吹く風で、トリは原稿を締め切りに間に合わせようと甘い言葉の一欠けらも無く俺の尻を叩く。

だから頻繁に顔を突き合わせても恋人同士の会話ではなく、仕事上での業務連絡しかしない。

耳の痛い話の応酬に加えてトリはポーカーフェイスだから、その一言一言が鋭くて胸に突き刺さってしまうんだ。


―――恋人達の会話って、こんなもんなの?



入稿を終えて迎えた穏やかな朝の部屋で、千秋は朝日の降り注ぐ窓際に佇んで物思いに耽る。

南の壁に映し出された日差しのリトグラフを指でなぞり、溜息をひとつ。


「・・そういえば・・・新年会で作家さんが言ってたの・・・本当かな?」

千秋が不意に思い出すのは新年会で丸川の作家が一同に集まった時に聞いた会話。

女性作家達の会話だったから、男の自分が割って入る訳にもいかず聞き耳を立てていたのだが、その盗み聞きした内容によると・・・


何でも、キスシーンが上手く描けない漫画家の為に、編集者同士が実際に目の前でキスして見せた・・という。

しかもそれが『男同士』というのだから驚きに女性作家達は色めき立ち興奮して話していたのを自分は横で聞いていた。

『見たかった』とか『羨ましい』とかの言葉を聞きながら、千秋が思ったのは・・・



―――そういえば、自分も漫画でキスシーンを書くけれど、自分がキスしてる姿を参考には出来ないよな・・・

自分では決して見る事の叶わないキスシーンを自分なりに想像してみるけど・・・


 それは、トリとのキスシーン。


「俺だって人並みに女の子とはお付き合いしたことあるけど・・・だだだっ、だって、だって!!あんな濃厚なヤツって、トリとしかした事ねぇんだから仕方ないだろう!?」

一人しかいない部屋で、千秋は顔を真っ赤にさせて自分を叱咤した。

フーフーと鼻息荒く一通り罵って落ち着いてから、千秋の頭に閃くものが輝く。


「・・・・見れるじゃん・・・あれを使えば・・・」

我に返った千秋が一目散に向ったのは押入れに収納していたビデオカメラ。

漫画を描く上での資料用にと購入しておきながら一度も使わなかった代物だが、ここにきてようやく使えそうだ。


―――そう。

ビデオカメラで撮影すれば、自分がどんな顔してキスしてるか確認出来るし、これからの仕事のスキルアップに繋がるかも知れない。


千秋は嬉々としてビデオカメラを取り出し、ご丁寧にも三脚台の上にカメラを固定するのだった。





「・・・濃厚なキスの資料が欲しいなら無修正のエロビデオを進呈してやるが?国産がいいか?それとも外国モノ・・・」

「いらない。そーゆーのは要らない!」

少女漫画のハイクオリティーを目指して話があると呼び出せば、案の定トリはすぐに駆けつけてきた。

もともと年末には大反省会まで開催するトリなので仕事に関しての話し合いにはすぐに応じてくれる。

・・・これが、『恋人としての仲を深める話し合い』だと絶対に現れなかっただろう。

トリはいつも何かに思いを巡らせ、俺に気遣い、関係を『うやむや』にしようとするきらいがあるから・・・


「俺が求めてるのはめくるめく官能と欲望のキスじゃなくて、少女漫画では良くある『好きな人との淡いキス』なの!」

「・・・それで、自分達のキスシーンをビデオに撮影して資料にすると?」

エロビデオ云々からの話題を変えてしまおうと、千秋はビデオをソファー前に設置して本題に移る。

「ほら、トリだって良く言うじゃん?自分の描いてるヒロインに感情移入させろって。そんなふうに主人公の気持ちになるにはさぁ、やっぱ実践あるのみだと思わない?」

恋をした経験の無い人間に恋の話は生み出せない。

自分の経験や体験が作品に反響されるなら、自分にはもっと経験と体験と実績が必要なのだ。

・・・・なんて、最もらしい言葉を並べ立てたけど、本当はトリとキスしたかった。




「本当に始めていいのか?」

「うん。もう録画モードになってるもん。このソファーの上が映る様に固定してるから、此処でキスしよう。」

仕事の為とあらば、意外とスムーズに事が運ぶもので、トリは千秋の待つソファーへと足を向ける。

「姿勢はどんなのがいい?アングルはどうする?」

「・・・・えと、とりあえず座って正面を向き合ったまま・・・ちょっと顎に手を添えられて上向き加減になるように・・・」

これからキスしようという恋人同士には到底程遠い会話。

それでも近づく距離と触れる肌のぬくもりに、二人の取り巻く空気が湿っぽくなる。

要望通りにトリは千秋の顔を上に向けさせ、残る片手で腰を引き寄せると、薄く開いた千秋の唇に自分のそれを重ねた。

…きゅっ。と思わず、千秋の手がトリのシャツを掴む。

そんな一連の動きの全てがビデオに収められている・・・

キスしてる二人の姿を、ビデオが鮮明に記録しているのだと思うとそれだけで千秋の身体の芯がズクンッと疼いた。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ