マギ
□遠い瞬きに囁くH
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『遠い瞬きに囁くH』
〜最終話〜
草原を渡る風がシンドバッドの頬を撫でていく。
ここは、シンドリアから遠く離れ、煌帝国に程近い『天山高原』。
夜空と風と草しか存在しない海原は過酷な自然環境により人を寄せ付けることはなく人の気配など微塵もなかった。
そんな孤独な空間に佇むシンドバッドだが、空気の僅かな振動に対していち早く反応し、そちらへと神経を傾ける。
暗闇の中、星のような淡い輝きを放ち空中に浮かび上がった『点』は『線』を描き『陣』を形成する。
「・・・七星転送魔法陣」
ぽつりと呟くシンドバッドは更なる神経を研ぎ澄まし、陣から現われるであろう人物を待つ。
「これはこれは、シンドバッド王よ。このような辺境の地を待ち合わせの場所にするとは驚きましたよ。」
転送の陣から現われた紅明はわざとらしくおどけてシンドバッドに軽い挨拶をする。
・・・その腕にジャーファルを抱き上げながら。
気を失っているのか、紅明の腕の中のジャーファルは目を閉じたままでシンドバッドを前にしても動き出そうとしない。
一方のシンドバッドは数日振りに会えたジャーファルを見て動揺が走るが、紅炎が居る手前、ジャーファルをふんだくる様な行動には移せなかった。
本当なら今すぐにでも駆け寄って紅明からジャーファルをはぎ取って力の限り抱きしめて、その頬と唇にキスをしてぬくもりを分かち合いたい。
顔や態度には表さないものの、シンドバッドの心情を分かっている紅明は見せびらかすようにジャーファルを抱いている。
それがなおさら気に入らなくて神経を逆なでられる。
手を放せ!ジャーファルをこっちに渡せっ!と、自分の立場も忘れて暴言を吐きそうになる自分をシンドバッドはグッと堪えた。
「そのように興奮するな。七海の覇王よ。」
そんなシンドバッドの限界を悟ったのか、紅炎が口を割って入ってくる。
シンドバッドの気持ちが分かるのはジャーファルを手に入れられないもどかしさを、紅炎も経験しているからだ。
手に入れようとも入らず、捕まえようにも捕えられない風のような存在だったジャーファル。
ついに最後の最後までジャーファルは自分ではなくシンドバッドを求め探していた・・・
「無謀な同化とそれを無理に止めたせいで気絶しているがじきに目覚めるであろう・・・それと毒蜘蛛の治療は終わっている。歩けたのが完治の証だ。」
『俺の体を通して見ていただろう?』と言いたげに口をつぐんでから、紅炎は紅明に目だけで合図を送る。
その仕草を命令として受け取った紅明がゆっくりとシンドバッドへ歩み寄りジャーファルを横抱きのまま渡す。
煌帝国で作られる襦袢を身にまとっているので違和感があるが、間違いなくジャーファルだ。
・・・久しぶりに感じるジャーファルの体温。
元々痩せているのに更に体重が落ちたのかシンドバッド腕に掛かる重みは切ない程に軽い。
それでも毒蜘蛛の毒に侵されていたときに比べれば格段に顔色もいいし、呼吸も安定して安らかな眠りについている。
助かったんだな、と安堵するシンドバッドだが、ジャーファルの首元や襦袢の裾から見える『鱗』に怪訝な顔をした。
「同化を押し留めた後遺症でしょうね。呪いの類ではありませんから自己の精神で消すしか無いでしょう。」
鱗を消すことが出来るのは自身の強い心なのだと紅明が付け加えた。
「有難う。鱗に関しても、これからのことも、こちらが責任を持って解決するよ。大事な我が国の政務官だからね。」
ジャーファルを我が腕に取り戻したシンドバッドはどこか誇らしげだ。
それを今度は紅炎の方が気に入らない。
「油断されるなよ。シンドバッド王。ジャーファルが『八人将最後の使命』を終えた時、私はジャーファルを手に入れるだろう。」
「・・・!」
ピリッ、と張り詰めた空気が音を立てる。
―――八人将最後の使命。
それはシンドバッドとジャーファルにだけに交わされた秘密の約束。
―――堕転したシンドバッドはジャーファルが殺す。
つまり、紅炎はシンドバッドがジャーファルに殺された後、行き場を失うであろうジャーファルを自分のものにするという宣戦布告のようにも挑発のようにも取れる言葉を残したのだ。
無意識に抱きしめる手に力を込め、『そんな未来などにはしない』と、シンドバッドは言葉ではなく無言のまま紅炎を睨み返す。
再び空気が緊張に張り詰めると、草原を渡る風さえもピタリと止む。
「・・・っ!!では、シンドバッド王よ。私共は戻ります。」
二人の会話の意味は分からないままだが、只ならぬ空気を感じた紅明が早急に国へ帰ろうと陣を出し、さり気無く紅炎を促した。
それ程に二人の間に流れる空気は一触即発で、何かの切っ掛けに均衡が崩れ、戦争にでもなりかねない雰囲気だったのだ。
この世界にたった二人しか存在しない『複数攻略者同士』が悪意を持って戦うとすれば・・・
考えただけでおぞましい終焉が待っているだろう。
紅明は蒼白な顔のまま転送の陣を操り紅炎と共に自国へと帰っていく。
灯が消えるかのように陣と紅炎達の姿が消え、草原に再び静寂が訪れる。
自分達以外の気配は何も感じ取れない世界。
先程までの緊迫した空気とは違い、今は穏やかな風が吹いている。
とりあえず一安心をしたシンドバッドは草の上に置かれているジャーファルの官服と眷属器を目にした。
「そっか・・・眷属器も服も奪われていたんだよなぁ。当たり前だけど。」
煌帝国の襦袢を身にまとうジャーファルを見て、改めてジャーファルが敵国で不安な思いをしながら日々を送っていたのだろうと考える。
毒の治療の為とはいえ敵国へ送り込まれ、殺されても・・・ましてや捕虜にされ治療どころか拷問されても文句は言えない状況だったのだ。
それでもこうして治療を終え帰ってきたジャーファルは傷一つ付けられることもなく、また煌帝国の衣服を着せられている。
これといって装飾が施された襦袢ではないが、光沢と肌触りからして上質の絹糸で仕立てられた高価な着物だ。
このような品物を与えられている辺りから推測して、ジャーファルの立場と身の安全は紅炎が確保していてくれていたに違いない。
「まぁ・・・俺達の『秘密』を話すくらいだから、お前もある程度は懐柔されちまったか?それともお前のお得意の駆け引きか?」
ジャーファルは頭が良く、生きる術に関しての知識や経験は豊富だ。
冷酷で悪名高い煌帝国の武将が敵国の臣下を助けたのだから、これはジャーファルの戦略というかジャーファルの人柄というか・・・魅力というか・・・
とにかく、この政務官ときたら見た目は地味なくせに必要に応じて妖艶な色香を漂わせる技を持ち合わせているから始末が悪い。
「あ、やべ。何か、腹立ってきた。」
紅炎がどのような感情をジャーファルの抱いていたのか考えれば考えるほど、ジャーファルと紅炎の間を勘ぐって嫉妬の念を抱いてしまう。
そしてその苛立ちの心境はジャーファルにも伝わる。
「・・・・ん、」
自分の腕の中でジャーファルが小さく身じろぎ、白銀のまつ毛が震えた。
「目、覚めた?」
ゆっくりと開いていく瞼の奥の瞳を覗き込んでシンドバッドはジャーファルに語り掛けた。
ジャーファルの瞳に自分の姿が映るのが嬉しい。
「シン・・・」
ジャーファルがシンドバッドを目にして認識しても驚く様子は無い。
煌帝国にて紅炎の体を借りて現われたシンドバッドを見ているからだ。
「煌帝国へ単身乗り込んで来るなんて・・・・貴方はなんて無茶なことを・・・」
おかげで感涙にむせび泣くような感動の再会は無く、早速耳の痛い小言が始まってしまった。
「お前こそ、無謀な同化をしようとしたじゃないか。」
「同化?そう・・・ですか・・・私、同化を・・・」
同化しようとしていた自覚の無いジャーファルはシンドバッドの言葉を聞いて己の体を見下ろす。
「ああ、待て待て。無理に動くな。下に降ろしてやる。」
腕に抱かれた無理な姿勢で自分の体を改めようとするジャーファルをシンドバッドはそっと柔らかい草の上に寝転ばせる。
それからシンドバッドも同じようにジャーファルの隣に寝そべった。
「本当だ・・・鱗、付いてる。」
ジャーファルは降ろされた草の上で身を横たえたまま腕を伸ばし、腕に張り付く鱗を眺めていた。
「バアルの鱗だな。お前の場合は白銀の鱗が生えるんだな。」
「なんだか、竜というより白蛇みたいですね・・・私の腕が細いから迫力ないなぁ・・・」
自分に付いた鱗を他人事のように苦笑交じりに呟いたジャーファルは更に腕を伸ばしていく。
腕の鱗が月の光を浴びてキラキラと輝いている。
「綺麗だな。」
つい見たままの思いを言葉にしたシンドバッドだが、ジャーファルからの返事は無かった。
シンドバッドに『綺麗』などと言われたのが恥ずかしいのか、ジャーファルは伸ばしていた腕を隠すみたいに胸の中に仕舞い込みシンドバッドに背を向けて寝返る。
「なにヘソ曲げてるんだ」
「別に。何でもないです。どうでもいいからシンドリアへ帰りたいです。」
素直に帰りたいと言うジャーファルの願いを叶えてやりたいが、簡単にはいかなかった。
ジャーファルの身体に残された『数々の煌帝国』をシンドリアへ持ち込む訳にはいかなかったから・・・
「ジャーファル。鱗は腕だけじゃないんだ。顔や首筋にも鱗はあるし・・・ほら、服で見えないけれど胸にだって・・」
「ひゃっ!?な、ななっ、何して!?」
背後から伸びてきたシンドバッドの腕が襦袢の襟をかき分け胸の中へと滑り込んできて、ジャーファルは甲高い声を上げた。
「鱗を確認してんの。ほら、やっぱり脇腹にも鱗がある。んーと、この分じゃ足にもあるかな?」
「ぎゃあああっ!!」
胸元に突っ込んでいる腕はそのままにして、今度は反対側の腕がジャーファルの内腿に侵入する。
人っ子一人いやしない草原にジャーファルの悲鳴が響き渡るがシンドバッドは構うことなく行為を続け、それはどんどん大胆になっていった。
足の内側を這うシンドバッドの掌が張り付いた鱗を撫で擦ればそれだけで違和感を叩き付けられ同時に悪寒が走ってしまう。
「やめ・・っ、シン!何考えているんですか!?」
胸と内腿を撫でながら、背後から首筋に口づけを落としていくシンドバッドが何を考え、何をしようとしているのか分かりすぎるくらい分かる。
でも、だからって、こんな場所でこんな状況で・・・・なんて出来ない。
「鱗、付けたままシンドリアに帰れるわけないだろ?今から俺がお前の鱗を消してやる。原理は簡単だ。バアルとの同化を完全に無くすためには『俺と同化』すりゃいいだけの話だろ?」
「アンタはまた、そんなエロい親父ギャグをっ!!」
エッチの誘いが『俺と同化しよう』なんて、一国の王ともあろう者が下らない下ネタを吐くものだから従者のジャーファルは呆れて物も言えない。
それが『恋人』ともなれば情けなさ倍増だ。
やがて、あれよあれよという間に煌帝国で着せられていた襦袢の帯が解かれ、ジャーファルの白い肌がシンドバッドの目前に晒された。
「・・・・服が、汚れる」
「構わん。どうせ捨ててしまう着物だ。シーツ代わりに汚してしまえばいいさ。」
返さなくていいのか・・・、と貧乏くさい事を考えていた自分に嫌気がさす。
その間にもシーツ代わりにさせられるであろう襦袢はシンドバッドの手により見事にジャーファルの身体の下で広げられる。
シンドバッドに抱かれるのは嫌じゃない。
むしろ自分から強請り、会えなかった時間を埋めてしまうくらいきつく抱いて何もかも忘れさせて欲しいとさえ思う。
シンドバッドだってジャーファルを抱くつもりでいるし、今更止めようにも止まらない。
・・・でも、シンドバッドに組み敷かれた身体には性行為の名残を残していて、このままだと自分が紅炎に抱かれた事も知られてしまう。
眠らされ、合意の上ではない強姦まがいの行為だが、紅炎と身体の関係を持ったのは事実なのだ。
状況がどうであれ、言い訳なんて出来ないし、するつもりもないけれど・・・
「気にするな。俺が全部消し去る・・・俺のもので全て洗い流して塗り替える。」
「シン・・・」
直観だった。
『全部消し去る』の言葉には『記憶』も含まれている。
シンドバッドは『ゼパル』の能力を使ってジャーファルの煌帝国での記憶を消すつもりなのだ。
そうやって、シンドバッドはジャーファルを創ってきた。
幼い頃のジャーファルを暗闇から引きずり出し、居場所を与え、使命と責務と任務と、生きる意味を教えてくれた。
この身体の全て。爪の欠片や髪の一糸までもがシンドバッドで出来ていると揶揄しても過言ではないほどに。
だからこうして脚を開き、身体を委ねるのでさえも喜びになる・・・