マギ

□遠い瞬きに囁くG
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泣いている―――


―――あの、幼い子が。



深い、暗い闇の中で一人きりで。

助けて欲しくて、ぬくもりを求めて、光を探して。

血だらけの手で涙を拭いながら、彷徨う小さな子供。


―――泣くな。

泣くんじゃない・・・・



 俺が、いるだろう?

 お前の居場所は、いつだって此処にあるのだから。









身体が、熱い。

まるで血が沸騰してるみたい。


五月蝿いぐらいに耳障りな鼓動の音が、自分の高鳴りだと理解するのに、ジャーファルはかなりの時間を有した。

揺れる地面をゆりかごにいるのかと勘違いしたまま、ジャーファルは起き上がる。

あれだけ起き上がりたくても起き上がれなかったのに、こんな簡単に身を起せて拍子抜けした。


そう・・・・

欲しかったのはこれだ。



揺れる地面は地鳴りさえ轟かせ、亀裂の入る床に這い蹲るのはアルサーメンの人間達。


「・・おっ、おまえがやっているのか!?こんな・・・こんなことを・・・」

「これが、眷属と同化した者の力か!?我々の魔法を破壊して異常現象を引き起こせるなど聞いてないぞ!!」

建物を壊す勢いで襲い来る地響きと大地の揺れに人々が逃げ惑い始めると、ジャーファルの足元に描かれていた魔法陣が消えていく。


何気なしに目線を落としたジャーファルは、自分の腕に鱗が張りついているのを見た。

「綺麗・・・バアルの鱗・・・シンと、一緒。」

ふふっ、とあどけなく微笑んだジャーファルの唇から見え隠れするのは鋭く尖る牙。

そして、ジャーファルの眼は金色に変わり、蛇の目のようにギラギラと輝きを放っていた。


白い肌に浮かび上がる白銀の鱗。

赤い唇の隙間から見える牙。

獲物を狙う捕食者特有の残酷な瞳。

ジャーファルでありながら、ジャーファルではない姿形。


――――悲しいほどに、痛ましく、望まない同化の『成れの果て』。



「ば、化け物だっ!」

誰かが、ジャーファルを『化け物』と罵った。

揺れ動く大地に足を取られ、翻弄される人々はジャーファルから遠ざかろうとして我先に逃げ出す。

建物全体がもう持ち堪えられないのか、天井からパラパラと建物の欠片が落ちてきて倒壊を助長していた。

波打つほどにボコボコと蠢く地面は、まるで建物自体が生きて、意思を持った怪物さながらにアルサーメンを襲う。

もう建物は長くは持たないだろう。


これらすべては自然現象の地震などではなくジャーファルが引き起こしたもの。


怒りに狂ったエネルギーに込められた悲痛な叫び・・・・



『どうして?私はただ、シンの側に居たいだけなのに』


―――シン、どこ?こわいよ・・・いたいよ・・・たすけて。

やっと見つけた自分の居場所。

初めて差し出された救いの手。

失いたくない。だから、守り、探し続ける。




・・・泣いている。



右も左も分からない暗闇の中で、両手で顔を覆い、泣き崩れている。

泣くな。

泣くな。

俺の声を聞け。

俺の姿を見ろ。




 「ジャーファル。」





人々の悲鳴と、建物の軋む音をすり抜けジャーファルの耳に届く声。

それは、間違いなくシンドバッドの声だった。

どうしてこの敵国である煌帝国に?

どうやって組織の中枢にまでやって来た?

居るはずの無い人。居る訳など無い人なのに・・・

それでも、逢いたくて、触れたくて、冷たい指を伸ばす。


どうか、お願い。


誰にも見つからないように、そっと優しく髪を撫でて。

大きな歩幅でいつも私の前を歩いていて。

声を殺して泣いてしまう時は何もいわずにただ隣で居て。

私はいつも声無き声で囁くのだから・・・


「・・・シン・・・ッ!?」


深い紫色の長い髪を風になびかせ、金色の瞳から優しいまなざしを伴ってジャーファルを見つめてくれている。

―――見間違う事なんて有り得ない。我が王だ。

怒りに我を忘れていたジャーファルだったが、真っ黒な瞳に映るシンドバッドの姿に己を取り戻した。

「シンッ!シン・・・シンッ!!」

悪い魔法が解けたかのように、ジャーファルは立ち上がり、シンドバッドへ向かって駆け出す。

久しぶりに立ち上がったせいで筋力が落ちていて思うように走り出せない。

距離なんてほとんど無いのに今はほんの数歩の間合いさえ、もどかしくて、高揚する気持ちに急き立てられて足がもつれてしまう。

「わ・・ぅわっ」

慌てるあまりに、つんのめってバランスを崩し転びそうになると―――


「慌てるなって・・・俺は消えたりしないから」

低い声に顔を上げると、視線の先には優しげに微笑むシンドバッドが居た。

転びそうになったジャーファルを、その大きな両手で受け止めて笑ってくれている。

懐かしい潮風の香りと、優しい温もり。

「・・・・あ・・・」

・・・言葉が出ない。

シンドバッドの元に帰れたなら、言いたい事がたくさんあったのに・・・・


「あの・・・シン・・シンッ・・・」

・・・伝えないと。

どんなにシンに逢いたかったか。

どんなにシンが好きだったか。

どんなに言葉にしても足りないくらいなのに、なぜか声が出せなくて、溢れる想いだけが空回りして・・・

苦しくて。

息が出来なくて。


―――涙が溢れて、零れ落ちていく。


「なんで泣くんだよ・・・この馬鹿。」

今度逢えた時は、素直になって、両手を広げてシンドバッドの胸に飛び込もうと決めていた筈だったのに・・・・

泣く事しか出来なくて、しゃくり上げるジャーファルを、シンドバッドは『馬鹿だな』と言って抱きしめてくれた。

きつく抱きしめられ、もっと息が出来なくなる。

それでも――

このまま、この腕の中で、この人の手にかけられて死んでしまっても構わないとさえ思う。


―――もう、言葉なんていらない―――


ジャーファルはシンドバッドをもっと感じたくて、背中に回した腕にありったけの力を込めてしがみ付く。

シンドバッドも同じように抱きしめてくれる。

このまま時間が止まろうとも、溢れる想いだけは、真っ直ぐに流れていく・・・

もう二度と離さない、離したくは無いと伝えてくれる。

―――今度こそ、もう二度と離れない―――

例え、己の存在が世界を揺るがす悪きし者だとしても・・・


そっと、シンドバッド手がジャーファルの頬に添えられ、涙を拭い取る

ジャーファルを見つめるシンドバッドの瞳は、どこまでも穏やかで優しかった。




「ど、どういう事だ・・・紅炎殿が、どうして!?」

「紅炎様が眷属の暴走を止めたぞ!」

アルサーメンの目の前では、紅炎がジャーファルを抱き寄せている。

ジャーファルの目にはシンドバッドに映っていた者が、アルサーメン達からは紅炎に見えているのだ。

果たして、突如として現れた者はシンドバッドなのか?紅炎なのか?、とざわつく人の間を縫って忌々し気な玉艶の声が響く。

「おのれ、シンドバッドめ・・・紅炎の
体を借りて『変わり身の術』を使いおったか・・・これでは手出しが出来ぬっ!」

「変わり身の術!?紅炎様がシンドバッドに手を貸したと言うのですか!?」

―――変わり身の術。

紅炎の体を借りて、シンドバッドがジャーファルの前に現れた―――

シンドバッドのルフが紅炎の体から飛び立っているのが見える。

だが、アルサーメンを始めとする玉艶でさえもシンドバッドと分かっていながら、将軍の紅炎に手をかける訳にはいかなかった。

「シンドバッドがそそのかしたか・・・もしくは紅炎が寝返ったか・・・どちらにしても我らは撤退だっ!皆の者、退け!!」

玉艶が踵を返して部屋を出ていくと、その場に居たアルサーメン達も身を翻して後に続く。


壊れかけた薄暗い部屋の中には、紅炎のルフとシンドバッドのルフとジャーファルのルフが戯れるかのように飛び交う。

そのルフ達はどこか楽し気に見えた。


紅炎とシンドバッドとジャーファルの互いの想いを無視して・・・・

三人の未来も分からなくするほどに、ルフ達だけは無邪気だった。





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つづく。

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