マギ

□遠い瞬きに囁くF
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『遠い瞬きに囁く』F



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遠くで音がする。少し、寒い。

平衡感覚が薄れ、全てがぐにゃりと歪んでしまっているみたい。

「目を開けなさい。」

言われて頬を軽く叩かれると、頭が少し揺れてしまって気持ち悪さに拍車がかかった。

ゆっくりと目蓋を開ければぼんやりと朱色が見え、それが天井の色である事はすぐに分かった。

煌帝国に来てから、幾度と無く見てきた朱色の天井だったから・・・

何かが動くのを目で追えば、しばらくしてからそれが人だと認識できるほどに視力が戻り始める。

「ジャーファル。」

同じ声で名前を呼ばれる。

ジャーファルの目に映るのは仮面を付けた男。

頭から身体までを覆い隠すフード付きのマントに、長い棒を手にしている。

その様相にジャーファルは見覚えがあった。

「・・・アル・・サー・・・」

かろうじて搾り出した『アルサーメン』の言葉に間違いはなかった。

仮面の奥に光る眼はガラス球のように感情を映さず、魔法道具である杖はゆったりと円を描き魔法を導き出している。

妖しげな魔法を掛けられたくなくて体を起こそうとするけれど、意に反してそれが出来ない。

手足に圧迫感を感じて、ようやくそこで自分の手足が拘束されているのを知った。

床の上に、見たことも無い奇怪な円陣の模様が描かれていて、ジャーファルはその中心に仰向けで固定され寝かされているのだ。

・・・なにかの魔法の儀式?

「怖がることはない。これはただの『催眠魔法』だ。君から正直な話を聞くためにね。」

魔法による命令式を肌身に感じて不安げに瞳を揺らすジャーファルに、アルサーメンの男が言う。

「君は一見する所、魔力が多く見えてしまうが、実はそうじゃないね?君の体内に宿している魔力のほとんどはシンドバッド王のもの・・・そうだね?」

「・・・そう、シンの・・・」

暴かれてはならないというのに、問いかけられ素直に答えてしまう。

そんな自分に疑問を持つのすら考えるのも億劫になっているジャーファルは次々と男の問いに答えた。

幼い頃は暗殺集団に身を置いていたこと。

堕転しかけた自分をシンドバッドが助けてくれたこと。

幾つもの迷宮を攻略し、仲間を増やし、国を作り―――

そうして、王宮が建設されシンドバッドが正式に王となり国として成り立ち始めた頃、ジャーファルはシンドバッドと夜を共にするようになった。

身の内に注がれるシンドバッドの白濁に、確かな愛情と、力強い魔力を感じながらジャーファルはシンドバッドの身体の下で何度も甘い声を紡いだ。

惰性じゃない。生きていくための駆け引きでもない。ましてや命令によるものでもない。

抱かれることは自然のままにそうなっただけで、むしろ、抱かれるのが当たり前のようで・・・

そこに『愛』があるのか?と問われれば、良く分からない。

何もかもが当たり前だから。全てが自分の望んだ事だから。

シンといると嬉しくて。

シンに抱かれると幸せで。

シンの側で同じ景色を見ていたい。

だから―――

シンのいない『此処』は嫌。

私からシンを奪う人は嫌い。

キライ、キライ、キライ。


「こんなに素晴らしい依り代となる『核』に出会えて嬉しいよ。さぁ、ジャーファル。黒きルフに身を包み、我らが父を迎えようか?」

「・・・我ら・・・の、父」

嫌なのに逆らえない。

ジャーファルは声の導くままに意識を混沌とさせた。

深い深い、意識の中へと沈む。

大切な物をひとつひとつ失いながら・・・

「全てを我が父に委ね、君の大好きなシンドバッドも、大切なシンドリアも、世界をひとつにするんだ。」

「ひとつ・・・?」

――違う。シンは誰にも囚われない人だから、誰とも、何とも、ひとつにはならない。

囁かれる声に抗うようにして己の思う心の声が木霊する。

「さあ、私たちの声を聞いて。我が父の御心のままに・・・」

「・・・・っ」

―――嫌。私はシンの言葉にしか従わない。私はシンの側に・・・我が王に何処までもお供すると誓ったから。

惑わされない。

騙されない。

だって、

貴方はシンじゃない。

ここはシンドリアじゃない。

―――此処に、シンが居ない!


「・・・ぃ・・・だ、まれ・・・」

「ん?何を言ってる?」

心の声が、アルサーメンの言葉を凌駕して打ち消す。

「だま・・・れ・・・」

今度はハッキリと『黙れ』の声が出せた。

魔法なんて関係ない。呪いなんて存在しない。

それを教えてくれた人がいるから、自分も信じている。

シンのところへ帰るのだ。自分にはそれが出来る。


―――そのためになら、『この姿』なんていらない。


その刹那、突如、雷による閃光が走った。


「な、何事だ!?」

「この者が雷を放ったのだ!」

「我々の魔法陣の中で自身の魔力を発動させるなど有り得んっ!」

それまで静粛に保たれていた均衡が崩れ、アルサーメン達が動揺にざわめき立つ。

その間にもジャーファルは己の魔力を発し続けて戒められていた拘束を解いてしまう。

それは、まるで己の力も解き放つように・・・

「け・・・眷属の力を発しているぞ!」

「馬鹿な事を言うな!確かにこいつはバアルの眷属だが、こいつは今、眷属器を身に着けていないではないか!」

アルサーメンが目の当たりにしているのは、眷属器を持たないジャーファルが眷属の力を発揮している光景だった。

ジャーファルの身体からバリバリと音を立てて光を放つのは、紛れも無くバアルの持つ雷属性の力で、眷属だからこそ使える力だった。

眷属器であるヒョウを奪われて所持していないにも関わらず、ジャーファルは眷属の力を使えている。

その状況に一人のアルサーメンが言った。


―――『こいつは、眷属との同化を始めている!』、と。


眷属と同化。

それは禁忌。

一度、同化を果たしてしまえば二度と人間の姿には戻れない。

『我が身に宿れ』の代償に『我が身を捧げる』の呪文は偽りではないのだから・・・


それでも、

 帰る。

私は、

 帰りたい。



「おいっ!見ろ!鱗が・・・」

「バアルは竜の姿をした精霊だからな・・・その眷属だから鱗を有しているんだ。特殊な状況下での同化ですでに自我を失っている、危険だ!」

魔法陣の中心から雷を放つジャーファルの白い肌に、くっきりと浮かび上がるのは幾つもの『ウロコ』だった。

それは、白い蛇のような鱗で、襦袢から見えるジャーファルの腕や首筋に広がり続けた。


――帰る。

シンがいないのなら、私がこの姿でいる必要なんてない・・・


『ジャーファル』は、もうイラナイ。



欲しいのは、奴等の喉を引き裂く牙だけだ―――







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つづく。

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