マギ
□遠い瞬きに囁くD
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『遠い瞬きに囁くD』
煌帝国の王宮は、皇帝の居室がある正殿を中心に西に王族達が住まう宮殿が立ち並ぶ。
さらに東には迎賓館、南に議事堂などの建物が並び、まるで一つの街のようだった。
その正殿に最も近い西側の際奥にジャーファルは居た。
皇子や姫君達が占有するプライベート・スペースだったため、第一皇子である紅炎がジャーファルを抱えて通り抜けるのに何の問題も無かった。
離宮の部屋とは格段に違う豪華な調度品や装飾品に囲まれながら、ジャーファルは貪るように苦しげな呼吸を繰り返し不自由な身体で身悶えている。
フェニクスの治癒魔法で呼吸困難の症状は治したのだが、精神からくるものは紅炎には対処出来なかったのだ。
こんな時、精神に働きかける事の出来るジンを有していれば良いのに・・・
・・・そう、例えば、シンドバッドの『ゼパル』のような―――
「兄王様。ご命令の品をお持ちしました。」
ジャーファルを部屋に招いてから暫くの後、紅明が盆の上に水差しとグラスを持って紅炎の背後に姿を現す。
「薬の調合は誰がした?」
「ジャーファル殿の解毒剤を処方している宮廷医にさせました。毒ばかりか薬に対しても耐久性あるらしく薬の量を多くしてるそうです。」
そう言って報告する紅明の手にある水差しには宮廷の医者が処方した『睡眠薬』が混入されていた。
精神的な混乱を最も効果的、かつ迅速に落ち着かせるには薬を使い眠らせるのが一番手っ取り早かったからだ。
紅炎は酸素を求めて喘ぐジャーファルの背中に腕を差し込んで上半身を起こすと、不安定な身体を自分の胸にもたれさせ座らせる。
奪った官服の代わりに着せていた襦袢から、微かに煙の燻る残り香が漂う。
「薬を。」
短い命令に紅明が盆の上のグラスを差し出した。
グラスを片手に持ち、紅炎は紅い瞳を揺らめかしてジャーファルを見つめる。
そして水を口に含むとジャーファルの華奢な顎を掴んで上を向かせ、有無を言わせないまま口移しに水を流し込む。
煙を吸い込み、ひりついていた喉に通る水をジャーファルは自らも求めてゴクゴクと飲み干していく。
「ん・・・ふ、はっ・・・んんっ」
口の端から飲み零した水を伝わせ、ジャーファルが紅炎の胸元を握り締める。
「ああ、慌てるな・・・幾らでも飲ませてやる。」
水を欲しがり、小さな子供のように強請ってくるジャーファルを窘めつつ、紅炎は再び水を含むとジャーファルの口に運ぶ。
それを数回続けると、薬の効き始めたのか、ジャーファルの呼吸は安定し、暴れていた身体も大人しくなってきた。
そうしている内に紅炎がそっと『眠れ。』と囁けば、ジャーファルはそれに応えるかのようにして眠りへと落ちていった。
「この者には呪詛が掛けられている。」
ジャーファルが寝入りに入ったのを確かめてから、紅炎が口を開く。
「呪詛?呪い・・・ですか?」
「ああ。恐らく離宮の火災も呪詛によるものだ。ジャーファルの恐怖心を利用して火を発生させたのだろうな。」
そうでなければ、紅炎が施した結界に易々と火をつけるなど出来るわけがない。
毒蜘蛛に噛まれ煌帝国へ来なければならなかったのも、離宮から引きずり出されたのも、すべては不幸という呪いの名の元に導かれている。
誰がかけた呪いなのかは、察しはつく。
「この国が怪しげな集団と繋がっているのに興味はない。たが、私の邪魔をするのであれば容赦はしない。」
寝苦しいのか、時折苦しそうに身じろぐジャーファルを紅炎が労わるように頬を撫でる。
その様子を見ていた紅明は、一瞬の躊躇いの後、おずおずといった風に紅炎に話しかけた。
「兄王様・・・今、貴方様のお顔は、シンドバッド王と良く似ていらっしゃる・・・いや、まったく同じ顔だ。」
忠告にも危惧にもとれる曖昧な言葉を紅明は意を決して口にした。
似ている
同じ顔。
―――毒蜘蛛に噛まれたジャーファルを抱きかかえて煌帝国に助けを求めてきたシンドバッド。
―――火の海の中から、ジャーファルを助け出してきた時の紅炎。
ジャーファルという一人の人間を抱きかかえていた二人の男の顔は同じだった。
それは、シンドバッドも紅炎も見ていた紅明だからこそ分かる。
そして、それが危険だということも―――
「・・・・下がれ。紅明」
「御意。」
怒りを含んだ声色の命令に、紅明は身を翻して部屋から出て行く。
閉じられたドアの音が、やけに重々しく鳴り響くと、紅炎はギリッと唇を噛んだ。
「・・・似ている、だと?私が?あの男に?」
紅明の言葉が脳裏に焼きついて離れない。
突然、降って沸いてきたかのように目の前に現れたジャーファル。
それに我を失うほど必死になっていた自分を紅明に見抜かれた。
否定も言い訳も出来ない。真実なのだから。
知りたいと思った、異国の地に暮らすジャーファルを・・・
語りたいと思った、ジャーファルがどのようにして生きてきたのか・・・
教えて欲しかった、ジャーファルが何を求め、何を見ているのか・・・
―――手に入れたいと、思わせる人間。
自分の手元に置き、従者として側に使えさせればいいと願ってしまう・・・
―――シンドバッド王のように。
「ふ・・・ならば、手に入れてしまうか?」
容易い事だ。と呟いて、紅炎は眠るジャーファルの頬に触れ、頬から首筋、胸元へと指を滑らせていく。
指先を追って紅炎の唇がジャーファルの素肌を滑る。
少し冷たい指先がジャーファルの着ていた襦袢にかかり、薄い胸が露になった。
そして胸元に辿り着いた唇は、淡く色付く乳首を口に含み、強く吸い上げたり甘く歯を立てたりして柔らかだったそこを浮き上がらせていく。
「・・・んっ」
ちゅっ、と音を立てて吸われると、ジャーファルの口から鼻にかかった声が発せられた。
たとえ、眠っていようとも胸の粒を舐られじわじわと広がる甘い心地よさを感じているのだろう。
やがて、胸の辺りを動き回っていた指先が下肢に伸びてジャーファルの中心に絡みつくと反射的に腰が浮き上がる。
紅炎はやんわりと掌に包み込んだジャーファルの性器を躊躇う事無く口内に咥え込んだ。
「ぁ・・・ん、っ」
掌とは違う濃厚な刺激にジャーファルの四肢が大きく震えて、腰が逃げようとよじれる。
飲ませた睡眠薬は、元々が落ち着かせるためだけに処方された物だったし、薬物に強いジャーファルにとっては尚更効果は薄いのかもしれない。
眠っているはずの身体が、施される愛撫に対して鈍いながらも従順に反応を返してくるのがその証拠だ。
それを軽い力だけで押さえ込み、紅炎はもっと感じさせてやろうと舌を使う。
口内に含んだジャーファルの逸物が芯を持って徐々に勃ち上がると、唾液の中に苦味のある先走りの液が混ざり出す。
輪の形を作った指で根元の部分を上下に扱き、先端を強く吸い上げると・・・
「ひっ・・・あぁ」
ジャーファルは切羽詰まった悲鳴を上げて達し、そのままシーツに沈み込んでしまった。
陵辱から解放され、力なく投げ出された身体は女性のものとは違うラインを描いているが、今まで抱いた誰よりも紅炎の欲望を刺激した。
無数の傷を這わせた白い肌はしなやかで性を曖昧にさせてしまう。
幼い顔立ちをしていながらも、絶頂の余韻に浸る表情は妖しく色香を放ち紅炎を煽る。
「なるほど。シンドバッドが執着するわけだ。」
ククッと、喉の奥で笑いを含ませた紅炎は、すらりと伸びた細い足を抱え上げ、濡れた腰の下に枕を押し込む。
それから、つい先程口で受け止めた残滓を指に掬って、きつく窄まる孔の入り口に塗りつけた。
「ぃ、や・・・っ」
拒絶の言葉は無意識に出ているものだった。
それが、分かっているから紅炎は返事もしないまま先を続けた。
「んん・・・」
濡れた指先は思ったより簡単に中へと潜り込んでいく。
ジャーファルの身体に力が入っていなかった事と、このような行為に慣れていた事が良かったのだろう。
締め付けてくる肉筒の感触と、押し出そうとする粘膜の熱さを確かめるようにして、突き入れた指を動かす。
「声を聞かせろ、ジャーファル。これは命令だ。」
「ふ・・・ぁ、あ・・・んっ」
湿ったいやらしい水音と共に囁けば、ジャーファルは濡れた唇を開き命じられるままに喘ぎ声を奏でる。
唇の間から覗く赤い舌が物欲しそうにチロチロと蠢いているのでさえ、愛しくさせた。
―――こんな短い間に、誰かが自分にとって愛しい存在になるなんて思いもしなかった。
ジャーファルを手中に収めて眺めながら、紅炎は想いの強さと激しさに時間など関係ないのだと知った。
「俺のものになれ、ジャーファル・・・まずは身体からだ。それからゆっくりと心にも言い聞かせる。」
『抗えるのは最初だけ』、といつか言ったのを思い出す。
そうだ。
こうして時を重ね、身体を重ねれば、いつしか心さえも寄り添う―――
理性の限界を迎えていた紅炎は、ずるりと指を引き抜くと、高まった欲望を同じ場所へ押し当てた。
力の入っていない両足を開かせ、紅炎がじりじりと腰を進めていく。
呼吸に合わせて潜り込んでくる異物を、ジャーファルの熱い内部は抵抗を見せつつも迎え入れすぐに馴染んでいった。
ぐずぐずと蠢く肉壺の深い部分にまで自身を突き入れた後、紅炎はしばらく動かずジャーファルの髪を撫でていた。
わずかに汗で張り付いた前髪を梳いてやると、怯えたように閉じた目蓋が震えた。
その儚げな姿に紅炎は目を細めて笑う。
支配欲を満たされ、嗜虐心を煽られる。
無抵抗なジャーファルを眼下に見下ろし、紅炎は己の快感を追うためにゆっくりと動き出す。
もちろん、一緒にジャーファルが感じてくれるように彼の逸物に手を添える事も忘れない。
そんな風に自らが進んで相手と共に快感を分かち合おうとするのは初めてだった。
その途端、急に名前を呼んで欲しいと思った。
今、ひとつに繋がったジャーファルの口から、自分の名を紡ぎ出して欲しい・・・
しかし、自分の他愛無い願いは、どこまでも欲深く傲慢なものだと知った。
「シ・・・ン・・・」
小さな囁きの声は、紅炎の心を突き抜け、遥か遠い大陸に向かって響き渡るかのようだった―――