マギ

□名前を呼んで。
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補足:本誌『110夜』の話を捏造の上、妄想を膨らませて出来た作品です。


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『名前を呼んで。』




夜空の下で焚き付けられた炎が幾つも浮かび上がり、照らされた明かりの周りには人々の笑い声が響いていた。

つい先程までの緊迫した空気が嘘ではないかと思わせるほどの陽気で穏やかな宴。

迷宮攻略者の帰還を祝い舞い踊る人々から恐怖を思わせるものは微塵も感じさせない。

ここ、シンドリア王国の上空において結界が破られ『ジュダル』という名の『マギ』が奇襲を仕掛けていたというのに・・・


それがどうだろう?


挑発的なジュダルの言葉に翻弄されつつも大きな争いにまで至る事は無く、こうして皇帝国の姫君をもてなせるほど平穏さを取り戻せた。


―――ただ、一人だけを除いて。



時を忘れるほどの楽しげな宴は、夜を深くするにつれ落ち着きを見せ始める。

幾人かの男達が名残惜しげにまだ酒を酌み交わしているが、それも酔いつぶれるまでそう時間はかからないだろう。

そんな足元に座り込む男達の横をすり抜けるようにして足早に立ち去ろうとする男が一人。


「これはこれは、シンドバッド王よ!どうですか?一杯?」

「すまない。ちょっと急用でね。」

気さくに振舞われる酒を丁寧に断り、シンドバッドは宴の席を後にする。

皇帝国の姫君をもてなすという国王としての接待が長引いてしまい、シンドバッドは焦っていた。


「・・・あいつ、大丈夫かよ。」


石畳を蹴りつけてぽつりと零れる独り言と表情には苛立ちが滲んでいる。

シンドバッドが向かう先には紫獅塔と呼ばれる宮廷内ではひときわ高い建造物があった。

そこは、王とその側近や親しい者達の私的居住空間であり、シンドバッドが探す人物もそこに居た。

長い回廊を渡り、幾つかの角を曲がって目的の場所に辿り着いたシンドバッドはノックもしないままに扉を開いて部屋の中に足を踏み入れる。

部屋には小さなランプの明かりがひとつ。

寝台の上を覆う天蓋のたっぷりとしたドレープの向こうに人影が動いた。


「ジャーファル。」

名を呼びながら天蓋の布を捲り上げて側に来たシンドバッドを前にして、ジャーファルは無言のまま。

しかし、目を逸らさずに見上げてくる。

「怯えなくていい・・・ほら、新しい『飾り』だ。前のやつはジュダルのせいで魔力を失ってしまっただろう?」

見透かすようなシンドバッドの言葉に身を硬くしていたジャーファルは座り込んだまま後方に後ずさりする。

怒られるとでも勘違いしたのだろうか、怯えるジャーファルに低く笑ったシンドバッドは自分の掌に乗せた赤い石を差し出して見せる。


雫の形をした赤い石。


それは、ジャーファルがクーフィーヤと共に付けている額の飾りだった。

一見しただけでは、装飾品としての宝石にしか見えない物だったが、実のところ、これはシンドバッドの血を宝石に変えた特別な『魔石』なのだ。


シンドバッドの血で作られ、さらには彼の魔力が封じ込められている魔石には強力な守護の力も備わっている。

それをシンドバッドはジャーファルにだけ与えている。


なぜなら、彼は、このシンドバッドと共に生きていくにはあまりにも弱い存在だったから―――


暗殺術の心得があり、眷属器の使い手であったとしても、ジャーファルは元々自身の『ルフ』が少なく、使える魔力もほとんど持たない『並の人間』なのだ。

過去が暗殺者であっても、彼には天性の能力も無ければ、他の八人将のように受け継がれた王家の血が流れているわけでもなく、また、優れた戦闘民族の末裔でもない。

それゆえ、シンドバッドは力を持たないジャーファルに己の魔力を結集させた魔石を額に飾らせ彼を守っていた。

シンドバッドは寝台に軽く腰を掛けて手を伸ばすと、ジャーファルの銀の髪を掻き分けるようにして額に飾りを付けた。


「・・・まだ、拗ねているのか?」

額の飾りを付けながら、耳の後ろで囁かれた言葉にジャーファルは血が上がるのを感じた。

思わず横目でシンドバッドを睨みつけるが、彼は目を細めて不敵に笑うだけ。

「貴方を守れなかった。それが悔しいのです・・・」

ようやく開いたジャーファルの口。

飾られたばかりの魔石が銀の髪と共に揺れる。

「気にすることはない・・・お前は、お前が思う以上に俺を支えて守ってくれている。」

「気休めなど要りません・・・私はジュダルを前にして怒りで我を忘れました・・・あの時、貴方が私の名を呼んで下さらなければ暴走していたでしょう。」


ジュダルの攻撃を正面からまともに受けたジャーファルの身体は宙を舞い壁に叩き付けられた。

その衝撃で頭を覆うクーフィーヤが外れ、同時に『魔石』もジャーファルから離れてしまった。

魔石に宿る加護を失ったジャーファルは自身を見失い、怒りのままジュダルに戦いを挑もうとした。

しかし、寸前でシンドバッドに止められ、大事には至らなかったのだが・・・


「おいで、ジャーファル・・・魔石だけではおまえの魔力が回復しない。」

「シン・・・でも・・・」

寝台の上に足を投げ出して座るジャーファルの身体を抱き寄せ、シンドバッドの艶を帯びた唇が囁く。

シンドバッドから魔力を与えられる。

それの意味を、その行為を、ジャーファルは知っていた。

抱かれた身体は、そのままシーツの上へと仰向けに寝かされ、覆い被さるようにシンドバッドがジャーファルに重なる。

魔力を失い、自身の精神状態さえ不安定なジャーファルに抵抗らしい抵抗などできる筈も無く・・・

そんな怯えきったジャーファルの瞳に映るのは、思いがけず穏やかなシンドバッドの顔だった。

さらりと零れる深いアメジストの髪がジャーファルの頬に触れるほど近くにあり、金の瞳がジャーファルをしっかりと捕らえていた。

「・・・怖い?」

「いいえ。」


怖いはずなどない。

なぜなら、貴方は―――


言葉も満足に紡げないまま間近で見る端正な顔に見とれていると、唇が動き、不意をつかれるようにしてキスを落とされる。

唇はそのままジャーファルの額や頬、目蓋へとなだめるようにしてキスをしていく。

強引さのかけらもない優しい仕草に、意識よりも身体の方が先に反応を示す。

「こっちを見て・・・そう、いい子だ。」

「ん・・・ッ」

自分の腕の中で落ち着きを取り戻していくジャーファルを感じ取ったシンドバッドは、もう一度ジャーファルを抱きしめてから口付けを落とす。

啄ばむだけの軽いキスが、次第に深く濃厚なものへと姿を変え、上手く息継ぎが出来ないジャーファルが酸素を求めて唇を開く度に柔らかな舌が潜り込み口腔内をまさぐる。

やがて吐く息に甘い喘ぎが混じり始めるのを耳にする頃、シンドバッドの手がジャーファルの長い衣の裾にかかった。

「足を開いて、ジャーファル・・・でないと、魔力を与えてあげられない。」

「シン・・・」

自分がどこの国の者で、どのような民族の血をひいているかも分からないジャーファル。

魔力もルフも極端に少ないジャーファルが八人将として、政務官として、そしてシンドバッドの眷属として生きていくために―――

―――彼は、主であるシンドバッドと身体を繋げ、抱かれる事で魔力を得る。


性行為を通してでしか己の立場を維持できない自分の弱さを呪う事もしたが、今は・・・


「シン・・・きて。私を貴方のものにして・・・」

すでに染まり始めた快感で震える指先を伸ばし、ジャーファルは甘えた声で懇願する。

「了解。俺のジャーファル。」

くすりと笑うシンドバッドの吐息が掛かるのでさえ、ジャーファルの官能を煽ってしまう。
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