羽鳥×千秋
□小夜曲〜serenade〜X
1ページ/2ページ
注意)『死ネタ』設定があります。
―――この世界は広すぎるから
一人では生きていけないってこと・・・・
・・・教えてくれて、ありがとう―――
律が放った目くらましの煙幕は、思った以上に鼻に残り息をするのも辛かった。
しかし、裏を返せば相手の狩猟犬も同じようにダメージを負っているという事だ。
「ゆ、優・・・何処に逃げるんだよ!?」
前を走る優に手を引っ張られ、千秋は優が何処を目指しているのか尋ねる。
「足立区だ!そこまで行けば『カナデ』が待っているんだ・・・」
「・・・カナデ?誰?」
「美濃のことだ!」
「あ、カナデって名前なんだ・・・」
美濃と言われれば分かるが、下の名前である『カナデ』と言われると誰だか分からない。
優は美濃のことを『カナデ』って呼んでいるんだ・・・なんて詮索しながら千秋は走り続ける。
新宿から足立区までは結構な距離があり、そこに辿り着くまで人に猫耳を見られては不味いとして千秋は優と同じような帽子を被らされた。
「尻尾もズボンの中に押し込んで隠せ。」
「うん・・・」
かなり走ったところで、優は立ち止まり建物の影に隠れて息を整える。
「怪我とかは無いか?千秋?」
「平気だよ、ありがとう・・・高野さんや小野寺さんに助けてもらったから・・・」
尻尾を隠しフウッ、と一息ついた千秋は改めて優を見上げる。
「・・・・優、元に戻ったんだな。自分を取り戻せたのって・・・やっぱり、美濃さんのおかげ?」
「ん・・・う、うん・・・ま、まぁな。」
美濃の名前を出すと、優の歯切れが急に悪くなったので千秋は首を傾げる。
・・・・聞いてはいけなかったのだろうか?
・・・・話したくないのだろうか?
美濃の話を持ち出してから、さっきまでの強気な態度が一転して、曖昧な態度になってしまった優を眺めながら思う。
考えてみれば、ケモノビト同士が共に夜を過ごしている時点で何らかの『肉体関係』を結んでいるのは逃れがたい事実だ。
千秋だって、優が居なくなってからというもの夜ともなればケモノの血で身体が疼き、羽鳥に性欲を処理して貰っている身の上。
実のところ、羽鳥とはセックスしておらず『手』や『口』で『シテもらってる』という状況ではあったが、やはり詮索されたくない。
優だって美濃と何処まで関係を持っているのかは知らないが、きっと自分と同じく聞かれたくないだろうと思い至り追求を止めた。
「そ、そうだ。優、あのね、俺の絵が漫画雑誌に載ったんだ。ほんのちょっとだけど・・・でも、トリがね本格的に漫画を描けばデビュー出来るんじゃないかって言ってくれたんだ・・・ねぇ、優も絵が上手だから一緒に漫画家を目指してみようよ!」
話を変えようと、千秋が思いついたのは今日一番嬉しかった出来事だった。
「漫画家?俺達が?」
「うん!そうだよ!この世界で生きて行くには働かなくちゃいけないだろ?大好きな絵を仕事に出来たら楽しいと思わない?」
囚われの身だった頃には想像もつかなかった『自分が生きていくための仕事』を、千秋は興奮した様子で瞳をキラキラと輝かせて話した。
―――この、世界で生きて行くために・・・
『優、この世界は広いから・・・・迷子になってはいけないよ?』
―――帰っておいで・・・僕のところへ。
千秋の言葉に美濃の言葉が一瞬重なり、優はハッとする。
自分は今、美濃の元に行くために走っていたのだ。
「千秋、行こう。」
「うん。」
千秋を連れて美濃のテリトリーである足立区は『禁猟区』とされており、追っ手も手出しは出来ない地区だった。
そこへ千秋を連れて行く事さえ出来れば、もう何も心配は要らない・・・・
―――帰るんだ・・・カナデのところへ。
「見つけたよ。迷子の子猫ちゃん。」
手に手を取り、再び走り出そうとした二人の頭上に降り注ぐのは、軽率な口調の声。
だけど、二人の耳には冷酷に聞こえた。
「・・・・高屋敷・・・」
再び現れた追っ手の姿に、千秋は顔を歪め高屋敷の名を搾り出すように言った。
「狩猟犬の次は狩人かよ・・・逃亡したネコ二匹にご大層だな。」
優も一目見て、高屋敷が『狩人』だと察知し警戒する。
一筋縄ではいかない狩人だからこそ、追跡の手が自分達に及ぶ事は予感していた。
千秋は覚悟を決めて優の前に立ち、自らの身体を盾にして優を守る。
「千秋、退け!!狩人の狙いは俺だ!」
「嫌だ!!優を・・優を・・・狩らせたりなんかしない!!」
始めから知っていた。
狩猟犬の目的が『逃亡した千秋の捕獲』だった事を・・・・
そして、
狩人の目的が『発狂して売り物にならなくなった優の処分』だった事を・・・
分かっていたんだ。
どこまで遠く逃げても、この呪われた忌まわしき『血』の呪縛から逃れられない事を・・・
それでも、
この世界で生きていく希望を持ちたかった。
この世界の広さを信じていたかった。
だから、自分達は暗い闇から逃げ出したんだ・・・・
「・・・白ネコちゃんには悪いけど、俺も雇われた身だからさぁ、悪く思わないでくれよ・・・・発狂したケモノビトを野放しにして万が一にでも世間に知れたら闇ビジネスは終わりなんだよ。ケモノビトの闇市は巨大なマーケットだからね。」
わざと明るい口調で言う高屋敷の手にはサイレンサー付きの銃が握られている。
暗闇の中にあっても、その手に握られた拳銃は鈍く光り銃口はまっすぐに優を庇う千秋に向けられていた。
「三毛猫ちゃんは危ないから退いてくれないかな?希少価値の高い三毛猫は殺すなとの命令なんでね・・・・」
高屋敷は拳銃を構えたまま口元に笑みを乗せ優しげに千秋に語りかけるが、瞳の奥は笑っていなかった。
「勝手なこと言うな!!優に何かしたら俺が許さない!」
「千秋!止めろ!挑発するんじゃない!」
千秋は拳銃に怯む事無く高屋敷を睨みつけ、精一杯の威嚇を向ける。
「・・・・生きる価値のないモノほど生きる事に対しては愚かでみっともないものだ・・・でも、その強さはいい。見ていて楽しくなるよ、本当に・・・」
何が言いたいのか分からないが、それでも高屋敷の言葉に千秋はカッとなった。
「お前に俺達の何が分かるって言うんだっ!!」
非力な自分でも、せめて一矢報いたいと千秋は果敢に飛び掛っていく。
みっともないと笑われても。
愚かだと嘆かれても。
懸命に生きようとしている自分達を馬鹿にされたままで終われなかったのだ。
高屋敷に向かい、身を翻す千秋の背後で優の『止めろ!』という悲鳴まがいの声が聞こえる。
そして、その後に続く音は―――
『チュイン』という、風を切る音。
それは銃口から弾丸が発砲された音。
被っていた帽子が、ふわりと宙を舞うのが見えた。
「・・・・・え?」
風に揺れていた千秋の数本の髪が、耳元で弾いて切れ、足元にパラパラと散らばる。
千秋の髪を切った弾丸は、そのまま千秋の横を通り抜け背後に・・・・・
・・・・背後にいる、優の『心臓』に銃弾が浴びせられた。
「ゆ・・・う・・・?」
『ドサッ』という音を聞いて、千秋が振り返ったその場所に優が倒れこんでいる。
流れる
流れる血。
―――血が黒いということを、千秋はその時初めて知った。