羽鳥×千秋
□小夜曲〜serenade〜V
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「・・・・ごちそうさまでした。」
小さな声でご馳走様を言う千秋の前には皿に残されたままの晩御飯があった。
いつもは羽鳥の作るご飯が美味しいからと、残さずにたいらげてしまうのに、今夜はここに居ない優の事が気にかかり食事が喉を通らないのだ。
「千秋、優の事なら心配するなと言ってるだろ?ああみえて美濃は料理上手だし、優の好物だって伝えてあるんだ・・・今頃はお腹一杯ご飯を食べてるよ。」
「うん・・・そうだね。」
動物園に連れて行ってもらってその時は気が紛れても、やっぱり羽鳥の家に帰って来れば優のことを思ってしまう。
・・・それに、もう夜が来る。
月が天上高く昇り、真上から月明かりが降り注げば、千秋は『ケモノビト』へと変化する。
優という『交尾相手』が居ない初めての夜。
それが、何を意味しているか・・・
「今夜は、俺の部屋で寝ればいい。」
「・・うッ!?」
まともに食事もしていないのに、羽鳥の誘い言葉に千秋の喉が詰まった。
羽鳥の部屋で寝るというのは、羽鳥と同じベッドに入るという事。
そうなれば、千秋は羽鳥の隣でケモノビトに変化して、欲情して、交尾を求めてしまうのは分かりきっているわけで・・・
羽鳥はそれを承知で『俺の部屋に来い』と言ったのだから、それはそのまま『俺が交尾相手になってやる』って意味になる。
「自分の部屋から枕持ってきて、先に寝てろ。俺は片付けしてから行く。」
「・・・あ、ぅ・・・うん・・」
これから始まるあれやこれやを考えて戸惑う千秋とは違い、羽鳥は同じベッドで寝るのが当たり前のような言い方でさらりと言葉を流すので何も言い返せなくなった。
一晩に一度きりしか交尾出来ないケモノビトだからこそ、ケモノビトとなってしまう夜は交尾せずにはいられない運命。
射精出来ないよう調教されていても、千秋は夜ともなればその運命に従い発情してしまう身体だった。
優が居ないのなら、今夜は当然羽鳥と・・・・
「ひゃああ、俺ってば・・なに変なコト想像してんだよ・・・」
行こうか行くまいかとの葛藤を繰り広げた千秋は、結局、羽鳥に言われた通りに自室から持ってきた枕を抱え込んで羽鳥のベッドにちんまりと座り込んでいた。
羽鳥が来るまでどうすればいいのか身の置き場が無い千秋は、ぎゅーっと自分の枕を抱きしめながら、ちらりと羽鳥の枕を眺める。
「・・・やっぱり、トリの匂いがするんだよな・・・この枕。」
布団やシーツから鼻をくすぐるふんわりとした匂いは洗濯したての香りと太陽に匂いと・・・羽鳥の匂い。
なぜか、羽鳥の匂いに安心してしまう千秋は、クンクンと鼻を鳴らしてベッドに置かれた羽鳥の枕に近づき、肺一杯に空気を吸い込もうとした。
そんな時。
「何か臭うのか?俺の枕・・・」
「だああああっ!!?」
千秋の行動に眉を寄せて怪訝な顔をしている羽鳥に、千秋言い訳もままならず挙動不審になってしまう。
しどろもどろに慌てふためく千秋を横目で見ながら、羽鳥はベッドに乗り上げ布団を捲ると、その逞しい体を潜り込ませた。
そして、布団の端を持ち上げると『おいで、千秋』と囁いて誘う。
なんだか、その一連の仕草がいかにも今から交尾する誘いみたいで、妙にえろいというか、色っぽいというか・・・
でも、見方を変えれば飼い猫を布団の中に呼び寄せているようにも見える。
こうなれば深く考えずに、なるようになれと考えた千秋は、枕を抱え込んだまま羽鳥が開けてくれた布団の中に身を滑らせた。
「お前、いつも枕をだっこして寝てるのか?」
「いっ・・・いいじゃん!別に、俺がどんな寝方してもっ!」
心なしか枕で羽鳥との距離を離した千秋は、恥ずかしさを誤魔化そうとすねるように怒って見せる。
そしてそのまま顔を隠そうと、布団の中へさらに潜り込んだなら・・・
―――やがて、月の満ちる感覚が千秋に変化を起こす。
ケモノの姿へ。
人でありながら、獣の姿。
獣でありながら、人の姿。
どちらが真実の姿なのか分からなくなる瞬間―――
「三毛猫の耳か・・・」
「ふ・・・・っ・・んにゅ・・」
ひとつの布団の中にある羽鳥の指が、月光に導かれて生え始めた千秋の獣の耳をクニュクニュと摘んで揉む。
そんな悪戯な触られ方などされた事の無い千秋は、不思議な感覚に脱力すると同時に呂律も回らなくなってウニャウニャと意味の成さない声を発してしまった。
「耳、触られて気持ちいい?」
「んにゃ・・ん・・分から・・ない・・・でも、耳・・・・もっと・・うきゃっ!」
羽鳥に触られる度に千秋の耳はピコピコと動き羽鳥の指と戯れた。
遊んでもらえる事にじゃれついてネコとしての本質に目覚めた千秋は今にもゴロゴロと喉でも鳴らしそうだった。
獣でもなければ、人でもない姿の千秋を偏見もせず遊んでくれる羽鳥に嬉しくなった千秋は笑いながら布団から顔を出す。
もっと遊んで。
もっと触って。
もっと構って。
今まで体験したことの無い優しさに甘えたくて仕方の無いの千秋。
そんな微笑を深く刻む千秋の唇に触れたのは・・・
「・・・どうして、口と口を合わせたんだ?」
「キス、したんだよ。」
もっと遊んでもらいたくて布団から顔を出した途端、千秋は羽鳥に『キス』といものをされた。
それまで笑っていた口元が、羽鳥から受けたキスの感触のせいで薄く開いたまま固まってしまう。
「どうして、俺にキスをしたの?」
キスの意味を知らない千秋が首を傾げて尋ねると、羽鳥がフッと小さく笑って答えた。
「今から千秋を抱くから・・・」
「俺を抱く?抱くって何?」
「千秋と『交尾』するって意味だよ。好きな人と交尾をするとき、人間ならその前にキスをするものなんだ。」
「好きな、人?」
・・・・それって、誰?
もしも、羽鳥の言う『好きな人』が自分の事を言っているなら・・・・
―――俺を人間として見てくれているの?
大きな黒い瞳を見開いて、ただ羽鳥の行動を窺う千秋は再び近づいて来る艶を帯びた唇に目が釘付けになる。
そして、唇はそのまま千秋の額、目蓋、頬へと触れるような優しいキスを落としていった。
壊れ物でも扱うような優しい仕草に、千秋は丁重に扱われる理由が分からず戸惑い脅えてしまったが、意識よりも先に身体が反応する。
「怖いか?」
長い指で髪を撫でられた時、千秋の震えは止まっていた。
怖くないわけじゃない。
これから自分が羽鳥に何をされるのか、これまでも経験で嫌というほど熟知してしまってるから。
けれど、羽鳥の与えてくれる感覚は千秋の知っている暴力的な恐怖とは違った。
「苦しめたいわけじゃないんだ・・・お前を楽にしてやりたい。」
「・・トリ・・・」
このまま夜が深くなれば、千秋は欲情して身体の熱を持て余し、苦しむ事になる。
羽鳥はそれを知っているからこそ、千秋がまだ落ち着きを保っている内に性欲を処理してくれようとしているのだ。
ふと、瞳を伏せてうなずくような仕草で応えた千秋を確認して、羽鳥が強く抱きしめる。
「・・・ん、ふ・・・っ」
そして、そのまま唇が重なる――
覚えたばかりのキスに千秋が脅えないよう軽く触れるだけだったキスは、互いに熱を帯びてくるのと合わせて次第に深くなっていって・・・
長い口付けに息が続かなくて千秋が口を開く度に羽鳥の舌が潜り込み、柔らかな口内をまさぐった。
そうして千秋が初めてのキスに気を取られている間に、羽鳥が性急な仕草で千秋の衣服を脱がしにかかる。
「や・・・服・・・自分で、でき・・」
「動くな。お前はそのままでいろ」
寝室の窓から差し込む月明かりに千秋の素肌が露にされた。
ずっと陽に晒されなかった肌は透き通るように白く、華奢でありながらもすらりと伸びた手足はしなやかで、その肢体を飾るように三毛猫の耳と尻尾が生えている。
気が付けば羽鳥も衣服を脱ぎ捨てているのに羞恥心を覚えた千秋は無意識に四肢を折り曲げ少しでも身を隠そうと縮こまった。
「千秋・・・隠すな。」
「だって・・・」
ささやかな抵抗をねじ伏せ、羽鳥はシーツに千秋の肩を押し付け仰向けに寝かせると、見つめ合う形で囁く。
「千秋の、すべてが見たい。」
「トリ・・?」
「千秋の、すべてに触りたい。」
「で・・でもっ」
熱っぽい視線と言葉に、千秋は頬を染めながら躊躇する。
羽鳥は知っているはずだ。
自分が毎夜、優と交尾していることも、優以外の人間に強姦されてきたことも・・・
それなのに、自分を求めてくれてる。
自分のすべてを受け止めてくれようとしている。
「・・・千秋にも・・・」
深い夜のしじまよりも更に深い声色で、羽鳥は一度言葉を区切り、また続けた。
「千秋にも、俺のすべてを見て欲しい。」
「トリ・・・それって・・・・」
―――それって、ケモノの姿を見せるってこと?
限りなく深い声で囁かれ、千秋の全身に震えが走る。
なぜだか、羽鳥のケモノの姿を見てはいけないような気がして。
けれど、肌と肌とが触れ合うぬくもりに深い安堵を覚えた千秋は、感情の赴くまま羽鳥に抱きついてしまう。
―――だって、俺はトリのことが・・・・
深い、深い、夜の闇の中で。
今、羽鳥の腕の中だけが千秋の住処だった。