羽鳥×千秋

□冬の海と砂粒と
1ページ/1ページ


『だったら、冬の海が見たいな・・・』


入稿も済んで、暫しの休息が訪れた冬のある日。

曲がりなりにも付き合っているのだから、それらしい事でもしようと『どこかに行こうか?』と千秋を誘えば、『冬の海』と即答された。


―――今から思えば、この瞬間から『幻想』は始まっていたのかも知れない。



都電を乗り継いで訪れる海は、どうしても人の手が加わった人工的な自然の中にあった。

それでも人によって整備された海までの歩道は便利で歩きやすく、管理された砂浜も美しさが保たれている。

皮肉だが、人の手が加わらなければこの景観はすぐに損なわれるだろうと、哀れな海の末路を想像しながら羽鳥は千秋を連れて歩いた。


「んーっ、海なんて久し振りで気持ちいいー」

入稿明けのやせ細った体で、海風を受けて背伸びする千秋がどこか儚げに映る。

「寒くないか?雪でも降り出しそうだけど」

「平気、平気。冬の海が寒いってのは覚悟の上で来たんだから。」

自慢するみたいな言い方で微笑んで、千秋はそのまま遊歩道を離れ、砂浜へと足を踏み入れていく。

靴の中に砂が入らないように気を使いながら羽鳥も千秋の後を追うが、前方では千秋の『あー靴に砂が入ったー』というお約束な文句が聞こえてくる。

・・・砂浜を踏みしめる音。

・・・寄せては返す細波の音。

・・・海面を通り抜ける風の音。

・・・いまだ声変わりのしない千秋の声が、幻想への入り口へと誘う――


「トリ、ほら。『地球の欠片』」

この世界を取り巻く全ての音に包まれて聞こえる千秋の声。

「『地球の欠片』?」

「そう、これ。」

何の話だ?と首を傾げる羽鳥に、千秋は掌に乗せた『砂粒』を差し出す。

「砂の・・粒だが?」

「うん。だから、『砂も地球の欠片』なんだよ」


そう言って微笑む千秋が――

――消えてしまいそうで・・・


「千秋、おい、お前・・・なんか・・・」

『何かがおかしい』と言い掛ける羽鳥の言葉を千秋が遮る。


「トリが好き・・・」


唐突に告げられる『好き』の告白は哀しげで聞いていられないほどだった。

だから、羽鳥は何も言えないまま固唾を呑んで千秋を見つめるしか出来ない。


「トリは『通り魔』みたい・・・俺の心を弄んで、切り刻んで、気紛れにどこかに行ってしまうんだ・・トリに『好き』って言われる度に、俺の心は抉られる・・・深く、深く・・・」

微笑んでいるのか、泣いているのか分からない表情の千秋。

その千秋の背後には深い海が広がる。

一歩、また一歩・・・・

千秋は後ずさりで背後の海に近づき、呑み込まれ様としている。


「――冬の海に・・・流しに来たかった・・・トリを想う心を・・・砂粒ほどの俺だけど、トリを好きな気持ちはこの海くらいに深くて・・広い・・・」


―――幻想の果て


 砂粒は惑星の一部になり

 惑星は砂粒に還る

 そして、吉野千秋は、羽鳥芳雪に――





「千秋っ!!」



低い雲が広がる冬の海に、羽鳥の声が響く。


―――幻想が、霧散して消える


砂粒が、指の間からサラサラと零れ落ちても・・・

 願わくば、『お前だけ』はこの掌に留めたい―――




「・・・な、何?どうしたの?トリ・・?」

心底驚く千秋は、次の瞬間、羽鳥に抱きしめられていた。

勢いがつきすぎたのか、千秋共々後ろに下がってしまい、羽鳥も千秋も波打ち際で海水に浸かってしまっている。

「千秋・・お前を・・・誰にも渡さないっ!」

「ええっ!?いきなり何言って・・・ちょっと、落ち着けよ、足、濡れてるってば!」

波が打つたびに足元を取られ、羽鳥に抱きすくめられている千秋は体勢を取り直し、海に向って尻餅だけは回避しようと必死だった。

けれど、そんな千秋の苦労も知りもしないで、羽鳥の拘束はますます強くなり、離してもらえそうにもない。


・・・・何か、悪い夢でも見たのかな?トリがこんな風に取り乱すなんて。


根負けした千秋は、波打ち際から抜け出す事を諦め、代わりに羽鳥の背中に両手を回し自らも羽鳥を抱きしめた。


「・・・千秋、キス、したい・・・」


抱きしめられたことで落ち着いたのか、羽鳥がふいにキスを要求してくる。


「うん。いいよ・・・キス、しよう。」


羽鳥の気持ちが流れ込んできたのか・・・

千秋も羽鳥と同じようにキスをしたいと思った。


頬からこめかみを伝い、指で髪の毛を梳かれて上を向かされる。

髪を撫でる羽鳥の掌はそよ風のように優しい。

「千秋、目、閉じて」

「・・・ん」

囁かれる羽鳥の声は細波のように心地良くて千秋の耳に浸透する。

重なる唇の冷たさに、冬の寒さを見せ付けられ、負けないとばかりに互いの体温で暖め合えば、乾いた砂に雫が落ちたように潤っていった。


・・・・・あれ?砂が手に付いてる?


羽鳥の服を握りこめば、千秋は自分の掌についた砂粒に気付く。


どうして、付いたのか千秋には分からない。

いつ、砂に触ったのかも知らない千秋。


幻想が残した落し物は、悪戯に千秋の記憶を弄び、曖昧にする。




元より、どうでもいいのだ――

二人が抱き合って、キスをして、ふたりの存在が確かならそれでいい。

―――今はただ、『地球の欠片』と一緒に羽鳥を抱きしめてあげたい



・・・そう、願うだけ。




 それは、冬の海が見せたまやかし

 それは、小さな砂粒に込められた想い










2012/3/1
****
〜fin〜

過去『フリー配布文』

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ