羽鳥×千秋

□リボンをかけて。
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〜♪

シャラララ♪素敵にキッス〜♪



久し振りに出掛けたスーパーの一角から聞こえてくる音楽に、千秋は耳を傾けると引き寄せられるようにそちらに足を向けた。


♪今日は特別なスペシャルDAY〜一年に一度のチャンス〜♪


随分前に流行ったアイドルグループの歌に懐かしさを感じながら、行き着いたワゴン売り場の前。

そこで千秋は、この歌が選曲されている理由に気付いた。


・・・一年に一度のチャンス――



――そうだ。今日は『ヴァレンタイン』。




♪甘い甘いチョコレート♪あなたにあげても、目立ちはしないから〜♪


聞くともなしに聞こえてくる音楽に、千秋はワゴンに積み上げられたチョコレートの箱の内のひとつを手にしてみる。

所詮、地域密着型の庶民スーパーなので、お洒落とは言いがたいチョコレート。

ほとんどが定番のハート型をしていたり、子供のアニメキャラクターを形取ったお手ごろ価格の商品だ。

・・・ある意味、こーゆーベタなチョコレートの方が目立つんじゃないか?、と千秋は流れる歌の歌詞に向かい考えをぶつけてみる。

こういったハート型してれば、忙しくてイベント事に疎い『アイツ』も気付くだろうし、日頃世話になってる感謝も込めてチョコの一つでも送ろうか?

曲がりなりにも付き合っているんだし。

あんなことや、こんなことまでしてる恋人なんだし。

なんじゃかんじゃ言っても、やっぱり、好きだし。


手にしたチョコを片手に、千秋はポッと頬を赤らめた。

考えてみれば、誰かにヴァレンタインチョコを貰う事はあっても、送るなんて生まれて初めての千秋。


♪〜最後の手段でキメちゃう〜♪ヴァレンタイン〜♪

♪〜リボンをかけて〜♪



・・・・リボン?リボンをかけるのか?

相談相手などいない千秋に、唯一助言らしい事をしてくれるのは、ラジカセから流れる音楽だけで・・・

『リボンをかけて、最後の手段でキメちゃう♪』の歌詞を千秋はそのまま鵜呑みにした。



―――そうか。ヴァレンタインって、リボンかけて相手を喜ばせるのか・・・・





まだ、締め切りには余裕がある月の中日。

だからと言って気を抜くと、毎度の修羅場に陥るから油断はならない。

あれやこれやと締め切り破りの常習犯である漫画家の事を考えながら、羽鳥は手土産のケーキ片手に、その問題の漫画家――吉野千秋の部屋の扉を開ける。


「吉野、原稿はどのくらい進んだ?チェックするから・・・」

いつものように原稿チェックに訪れた羽鳥だが、リビング件仕事場に千秋の姿は無い。

まさか、こんな昼の日中から寝てるのか?と考えられ無くも無い千秋の行動を予想しながら寝室へ赴いた。


「・・・・吉野、寝てるのか?昼間っから寝てると夜が眠れなくて不規則な生活になるぞ。それでなくともお前は・・・」

「入って来ちゃダメ!!出て行って!!」

ぶつぶつと小言を言いながら寝室のドアを開けると、間髪入れずに千秋の声が響く。

その切羽詰る声に何事かと面食らった羽鳥は薄暗い寝室の中、目を凝らして千秋を探せば、寝室のベットの上で、シーツに包まり座り込む千秋の姿が目に入る。

「・・・・何してるんだ?気分でも悪いのか?」

「悪いと言えば・・・悪いかな・・?・・その・・・気分じゃなくて・・・状況が・・」

近寄る羽鳥に対して、千秋はシーツから目だけを出して、歯切れの悪い物言いを返してくる。

一体全体、どうなっているのか分からない羽鳥は座り込んでいる千秋の体を改めて見てみると、シーツから千秋の素足が飛び出しているのを発見する。

「お前、素足じゃないか?もしかしてズボン穿いてないのか?」

「ひゃっ!?ダメ、見ちゃ・・・・あっ!痛いっっ!!」

放り出してある素足を指摘された千秋が、慌てて足を隠そうと身を捩った瞬間、千秋は悲鳴を上げて苦痛を訴えた。


「お、おい!吉野、何だよその悲鳴・・・お前おかしいぞ!?何を隠してる?シーツを取れ!」

「や・・・やっ!ダメだって・・・見るなっ」

ダメだと制止する言葉を無視して、バサリ、と引っぺがしたシーツの向こうから出てきたのは・・・・



―――『裸リボン』の千秋。



「・・・・は?」

「だから・・・見るなって・・・」

薄明かりの中に浮かび上がるのは、千秋の華奢な肢体と、白い肌と――

――ぐるぐると巻かれた真っ赤なリボン。


柔かな素材で出来た赤いリボンは全裸の千秋に張り巡らされ、ほとんどがんじがらめになっているといっていいほどの無残な姿だった。


裸リボンって、男にとって、もっとムラムラするものじゃなかっただろうか?、と羽鳥は呆気に取られながらも、どこか冷静に千秋の姿を見下ろしていた。

・・・・こいつの考えている事はよく分からん。


「ほら、もういいからリボンを外せ。」

頭を抱えつつ、羽鳥は千秋からリボンを外そうと手を伸ばしたのだが・・・

・・・リボンの端が何処にあるのか分からない。


「吉野・・・リボンの最後、どこで結んだ?」

まさかな・・・、と一抹の不安が羽鳥の脳裏を過ぎる。


「・・・リボンの端なら・・・ココ・・」

バツの悪そうな顔で、千秋が指差したのは『股間』だった。

羽鳥の悪い予感が的中する。


「お前・・・自分の『息子』にまでリボンをかけたのか・・・」

「う・・うん・・・なんか、やってみたら面白いかなぁっと思って・・・ほんの遊び心だったんだけどね・・・でも・・・・でもね・・・・固く結び過ぎて・・・・・解けなくなっちゃった・・・・」


『解けなくなっちゃった』、の言葉に羽鳥が固まる。

・・・・解けない?

・・・・固く結び過ぎた?

「・・・息子、にか?」

「うん、息子に。」

へへっ、と笑う千秋に、釣られて羽鳥の口端も吊り上るが、それは可笑しいからではなく、顔が引きつってしまったから。


深い溜息をついた羽鳥は、リビングから『ハサミ』を持ち出してくると、寝室の電気を点けた。

千秋がそれを見て、『電気点けるな!』とか『何すんだよ!?そのハサミ!?』などとわめいていたが、一喝して黙らせた。


しかし、怒られながらも、千秋は小さな声で羽鳥に呟いた・・・・




『―――今日は・・・一年で一度の特別な日だから、リボンをかけたんだ・・・・ごめん・・・。』


・・・今日なら、素直に言えそうな気がしたんだ。


  『好き』って。



電気を点けられ、明るくなった部屋の中で、千秋は必死に顔を隠そうと俯いたまま震えている。

その震える体に『動くなよ』と忠告だけした羽鳥が千秋の股間にハサミを寄せて解けなくなったリボンを切った。


呆れてものも言えないような突拍子もないことをしでかす千秋から、いつだって目が離せない。

・・・・それでなくても、いつも見ているのに。

・・・・例え、嫌がられても、見ていたいと願うのに。



浮世離れしたところがあるけれど、そんな千秋が愛しくて、仕方が無くて―――



はらり、はらり、と。

すべらかな千秋の肌にまとわりつくリボンを解いていく羽鳥だが、どことなく勿体無いような気がする。


自分へのプレゼントのように身を差し出す千秋。

リボンをかけて、『俺をやる』なんて台詞でも言ってくれそうだ。


・・・・否。言わせてみようか?このまま、強く抱きしめて。




♪シャララ素敵にキッス

 ♪シャララ貴方にキッス

甘い甘い恋のチョコレート

 貴方にあげる

 最後の手段で決めちゃう〜♪


―――リボンをかけて♪






千秋を見ていると、なぜか羽鳥は懐かしいアイドルグループの歌を思い出した。


そうか、そういえば、きょうは『ヴァレンタインディ』だったっけ。








******
おしまい♪
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