羽鳥×千秋

□笑顔の行方(2)
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それは、付けっ放しのテレビから聞こえてきた会話だった。

平日の昼下がりの番組といえば、朝の家事を終えた主婦が観る内容のものばかりだから、『女の悩み相談室』なるのもが放送されている事が多い。

今だって、悩める女性が顔と声を誤魔化して悩みを打ち明けている最中だ。


『それでは、貴方のお腹の子供はどちらの男性の子供か分からないのですね?』

神妙な面持ちの司会者が、モザイクのかかった女性にマイクを向けると、これまた音声の変えられた声が返される。

『はい、主人の子供なのか・・・浮気相手の子供なのか・・・・』

話の内容は、お腹の子供が誰の子供か分からない・・・というもので。



――その手の話に、吉野千秋は非常に敏感だった。

なぜなら、千秋もまた『羽鳥と優のどちらとエッチしたのか分からない』から。

男なので子供こそは出来ないが、後ろめたさは他人事ではない。





「すいません、小野寺さん・・・・そのテレビ、消して。」

「あっ!ごめんなさい!こんなドロドロの愛憎劇じゃネタの参考にはなりませんよね。」

悪気があるわけじゃないけど、千秋が目の前に居る小野寺律に訴えれば、律は慌ててテレビを消した。

担当編集を代えて欲しいという申し出を期に、羽鳥から小野寺が千秋の家に訪ねてくるようになって数日。

今だって律が懸命に次回のネタを模索してくれてるのに千秋の一言で気を使わせてしまった。

まだぎこちない律と千秋の空気。

それでも急な事だったので律は正式な担当ではなく、助手的な役割を担っているだけで実際のスケジュールを決めたりネームの確認をするのは羽鳥だ。

つまり、律は羽鳥と千秋の橋渡しをする連絡係みたいなものに過ぎないけど、羽鳥と顔を会わせずに済むという当初の目的が達成され千秋は内心ホッとしている。

後の問題は優だが、こちらも千秋の連載が終り暫らく大きな原稿もないからアシスタントを頼まなくていい。

結局、千秋が出した目下の決断は二人に会わないでおく事・・・しか出来なかった。

こんな逃げ回る手法など、何の解決にもならないのに・・・・


「あのさ・・・小野寺さん・・・三角関係を題材とした話はどうかな?」

あたかも話のネタが浮かんだような言い回しで、千秋はそれとなく小野寺に意見を仰いでみる。

「三角関係ですか?話の内容によっては面白いと思いますけど・・・主人公に対して二人の男性が想いを寄せるって展開ですかね?」

「うん・・・そ、だね。ありきたりかも知れないけど・・・友達同士だった3人の内の一人と主人公が恋仲になっちゃって、その後のもう一人も主人公に好きだって告白してくるんだよね・・・」

主人公を自分に置き換え千秋は話を進めると、小野寺も『よく見かけるパターンですね』と手厳しい批判が返ってきた。

しかし、そこは一千万部作家の腕の見せ所とばかりに、肝心な所を端折りその後の展開を説明する。


「・・で、ある日、主人公は薬で眠らされてどっちに抱かれたか分からなくて悩むんだけど・・・」

完全に実体験だが、あくまでこれはネタだと割り切って千秋は話す。

「吉野さん・・・それはちょっと不味いでしょ?少女漫画でそういった卑猥な話は・・」

「・・・卑猥かな?」

「卑猥ですよ。言うなればこれって強姦でしょ?しかも男二人のどっちに強姦されたか分からないなんて、主人公も鈍いというか危機感が無いというか・・・・無防備にも程がありますよ。」

「・・・・・・無防備・・・」

小野寺からダメ出しを喰らった千秋は、意気消沈して机につっぷしてしまい、それを見た小野寺は作家のアイデアを潰したと勘違いして焦る。

「あのっ、でもでも、面白いとは思いますっ!その後、主人公がどうやってどっちに抱かれたかを知るんですか?」

「・・・どっちに抱かれたか・・・知る方法・・・?」

「はい。主人公も確かめない事には気持ちの整理がつかないですよね?恋人に抱かれたにしろ、友達に抱かれたにしろ・・・ハッキリさせておかないと。」

―――どっちに抱かれたか、知るべきだ。

小野寺の言う通り、千秋は知らなきゃならない。

―――羽鳥か?優か?

でも、そんな事を確かめる方法なんて無くて、ましてや直接訊けるはずも無い。

仕方なく千秋はその方法で悩んでると助言を求めると、小野寺は暫らく難しい顔をしてから閃いたように口を開く。

「例えばですけど、江戸時代の『名奉行所』の話なんてどうです?」

「・・・・奉行所?」

『そうです。』と意気揚々と小野寺が言う奉行所話とはこうだ。

・・・昔、奉行所に『私が母親です』と名乗る二人の女性が一人の幼子を取り合いしており裁判になったという。

そこで下った判決というのが『ふたりで子供を両側から引っ張り合い、奪えた方を母親とする』だったために、すぐさま子供の手を引っ張り合った。

グイグイと引っ張られる痛みに子供が『痛い』と叫ぶと、片方の女性は思わず子供の手を離してしまい、勝負が終わる・・・のだが。

『本当の母親なら痛がる子供が可哀相で手を離すだろう。よって、子供の母親は勝負に負けた方だ』というめでたしめでたし・・・という裁きの話。



「・・・つまり、小野寺さんの考えって・・・その男二人に主人公が抱かれてみて、『嫌だ』って言った時に止めてくれる方が本当に主人公を愛してる方で、止めない方が強姦した男?」

「ええ。抱かれちゃってる事がもう事実なら、問題はどっちが主人公を愛してるかでしょ?これくらい体張らないと真実なんて簡単には突き止められないですよ。」

・・・ただのネタだと思っている小野寺は大胆な事を簡単に言ってくれる。

でも、小野寺の考えには千秋も納得するものがある。

体の関係を持った羽鳥でも、千秋が本気で止めてと言えば止めてくれるだろうし、体だけでも奪おうとしていた優だって千秋が嫌がれば止めてくれる。


・・・・・だろうか?


「あいつ等・・・止めてくれるのか??」

思い返せば意地っ張りで強引な二人だ。

元々張り合っている所でもって、自分が飛び込めばどうなるか・・・

『雨降って、地固まる』だろうか?

少なくとも、逃げ回るよりは何かしらの道は開けそうな方法だ。

だとすれば、『虎穴に入らずんば虎子を得ず』の精神で腹をくくるしかない。

「よっし!俺も男だっ!やってやる!!」

――(二人に抱かれてやろうじゃないか!)

「ええっ!本当にっ!?」

グッと拳を握り締め、ソファーから立ち上がる千秋を小野寺が目を丸くして驚いている。

「だ、だだ・・・ダメですよ!吉野さん!そんなの少女漫画のネタにしないで下さいっ!高野さんに殺されるーッ!!」

千秋は現実世界での実行を誓っているが、小野寺には漫画のネタになるのだと思い込み、慌てて止めに入ってきたものだから二人して暫らくは軽いパニックを起してしまうのだった・・・・。



そして、そんなパニックも束の間。

やけに強気な態度で落ち着いている千秋が真剣な面持ちで小野寺の肩をグッと掴んだ。

「・・・よ、吉野・・・さん?」

この細い腕のどこにこれだけの力があるのかと疑うくらい強く肩を掴まれた律は戸惑いを隠せない。

「小野寺さんに折り入って頼みがあります!」

「・・・は、はい?」

ぱちくりと大きな瞳を瞬かせる律に、千秋が頼んだ用件とは・・・・



―――『俺が倒れたと嘘をついて、羽鳥と柳瀬を呼び出して欲しい。』との事だった。







*****
つづく。
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