その他CP

□まっすぐな道。
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『本当に欲しいものは、手に入らない』

諦めるということが、大人になるという点では、貴方は悲しいほどに大人でしょうね。

 けれど・・・

『それで宜しいでは御座いませんか』、と答えた私はまだまだ青二才なのでしょう・・・





「なぁ、知ってるかぁ・・朝比奈・・・宇宙から地球を見たら、日本列島って光で浮き上がってるらしいぞぉ」

「・・・左様ですか。それだけ日本が電力を消費してるということですね。」

宇宙からは見えているであろう日本の地から夜空を見上げても、こちらからでは星の見えない理屈に龍一郎は納得できないようで空を睨みつける。

都会の夜空は何も見えないくせに、どこかぼんやりと明るくて、それが無性に寂しさを募らせるのだ。

少々挙動不審な龍一郎は、気に食わない接待のうっぷんを晴らすべく高級料亭から居酒屋に場所を変え飲み直した結果、したたかに酔ってしまっていた。

・・・したたかに酔う、というには生温いだろうか?

正しくは『酒に呑まれている』もしくは『泥酔』との表現が似つかわしい。


「・・・そのような千鳥足では足を踏み外されますよ?」

「うるせぇ。俺は俺の決めた道を行くんだ。」

男前な台詞の元に、現在龍一郎が歩く道とは、歩道と車道を分けるための石段の上だ。


家路に着くまでの道は、まっすぐな道がどこまでも続く。

途切れては、また顔を出す歩道の石段に乗っては降りてを繰り返しながら、狭い足場に両手を広げてバランスを取って歩くと童心に戻り・・・

思い出すのは幼き頃にこうして二人で歩いては、ふざけあって笑い合った遠い日。


「朝比奈も一緒に石段に乗れ。落ちたら負けな。」

「折角のお誘いですが遠慮しておきます。早くお帰り頂かないと風邪を召されますし、石段から落ちられて怪我をなさっては大変です・・・どちらにしても世話をするのは私なのですから。」

風邪をひいても、怪我をしても、面倒をかけるのは暴君の龍一郎で、看病するのが世話役の朝比奈。

まるで、なにかの法律で定められたみたいな当然の決まり。


 それなのに・・・

「・・・仕事から離れちまえば関係ねぇだろ?二人だけの時は公私をわきまえなくていい・・・」

仕事の時は上司と部下。

プライベートでは『恋人』。

・・・どうしても、その法則に嵌れないのはどうしてだろう?


「龍一郎様、私がいつでも公私をわきまえているのは、こうして貴方と二人になった時にケダモノにならないようにです。」

「・・・ケダモノ?」

すねてしまった龍一郎に向けての朝比奈の言葉は、少し意味深で曖昧だから、龍一郎は首をかしげて振り返ってみる。

でも、街路灯を背にした朝比奈の顔は良く見えない。

「貴方を襲う『ケダモノ』になってしまうという意味ですよ。今だって、貴方の誘いを受けて石段の上で鬼ごっこなどしてごらんなさい・・・・私は公私などかなぐり捨てて今すぐ此処で龍一郎様を手篭めにしてしまいそうですから。」

「強姦の上に青姦すんのかよ。」

「強姦ではございません、和姦です。それに青空の下では無く夜空の下でセックスしますのに青姦との表現はいかがなものかと・・」

「そーゆーのは理屈じゃねぇよ。堅物が。」

フン、と鼻を鳴らして龍一郎が石段から降りて歩道を歩き出す。

しかし、その顔が僅かに赤いのを街路灯が照らしている。


幼い日に戻れないことは分かってる。

それは、背負うものが増えれば増えるほど遠くなり、時間に追われれば追われるほど振り返ることも無くなっていく。

かといって戻りたいと現実逃避する訳でもなく、寂しいと感傷に浸るほど弱くも無い。

ただ、思い出す過去はすべて『朝比奈』との出来事ばかり・・・・


 それが、悔しい。


せめて、朝比奈も自分と同じように幼い日に戻って欲しいと思うのだ。

心に残る風景が同じであるようにと願うように、朝比奈も過去を振り返った時、自分を思い描いてくれたならどんなに幸せだろう。



「・・・・まっすぐな道で寂しい。」


静かな夜道に落とされた、朝比奈の唐突な言葉。

何をいきなり、このタイミングでそれを言うのか分からなくて、龍一郎はまた後ろいる朝比奈に振り返った。

そこには、物憂いに微笑む朝比奈が手を差し出している。

街路灯に照らされて出来た朝比奈の長い影が、龍一郎を覆っていた。

・・・いつのまにこんなに近くにいたのだろう?

・・・もしかして、ずっと近くに居たのに気か付かなかっただけ?


「なんだよ。いきなり・・・まっすぐな道って。」

「そのままの意味ですよ。貴方と歩いていく道がまっすぐであったなら、それはそれでつまらないと思いまして・・・・」

人は皆、平坦でまっすぐな道を望む。

それは、この世に存在する『道』であっても、人生を揶揄した『道』であったとしても楽な道を選択する。


でも、共に歩いて行こうと心に決めた人がいるのなら、曲がりくねって先の見えない道を選ぶだろう。


―――なぜなら、それは・・・


「さぁ、行きましょうか、龍一郎様・・・貴方と歩く道は険しいですから、手を繋いで差し上げましょう。」


―――迷わないように、手を繋げるから。


「離すなよ。」

「ええ。離しません。」


繋いだ手から溢れる想い。

あんなにも遠くにいた貴方を、こうしてこんなにも近くに感じたら・・・


ふたり、初めて出会った日のように。



手を繋いで、歩き出す――――






2012/3/1
*****
〜fin〜


『まっすぐな道で寂しい』
俳人・種田山頭火の俳句より


過去『フリー配布文』

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