『奥の細道』

□奥の細道S
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夜毎つのる想い。

昨日よりも、好きになっていく

永遠なんてないけれど、明日も明後日も、一緒に居られるならそれでいい。

どんなに寂しくても・・・
同じ寂しさを分け合いながら。

たとえ立ち止まっても・・・
側に居て守ってくれるなら。

 どうか、この手を離さずにいて。





「忍・・・忍・・、しっかりしろ」

かなり戸惑いの色を含んだ宮城らしくない声色が、忍の頭上に降り注ぐ。

「・・・ふ・・・っ・・」

心配する宮城に、忍は虚ろな瞳で見返して熱を帯びた息を吐いた。

峠を散策していた時に雨に打たれ濡れたのが悪かったのか、忍は夕刻が迫る頃から徐々に熱を出し始めている。

解熱剤を・・と考え、忍に飲まそうとしたが、吐き気がするのか飲ませようとしても顔を背けて嫌がった。

ならば、病院へ・・と思うが、声も出せず他人を怖がる忍を医者になど診せれば、すぐさま入院ともなり色々事情を聞かれてしまうだろう。

それこそ、家に戻されるかも知れない。

「くそ・・・車なんかじゃ休ませてやれない・・・・どこか、泊まれる所を・・・」

 ・・・まだ・・・

 まだ帰れない・・・・

 忍の声が。

 忍の笑顔が。

 忍の心が。

 自分のこの手の中に戻るまでは・・・


意識はちゃんとしているものの、車の助手席で毛布に包まり熱に侵されている忍を何処かで安静にさせなければと宮城は焦る。

ラブホテルのような閉じ込められた場所では忍が脅えてしまう。

・・・それは、自分が未遂とはいえ嫌がる忍を押し倒し、薄れ掛けていた陵辱の恐怖を思い出させてしまったからだ。

『逃げられない』と脅えてしまう忍の状態を考えれば、出来れば民宿やペンションのような家庭的で開放的な雰囲気の宿泊施設でなければ忍は安心出来ないだろうから、宮城はこの時間帯で空室の残る宿を探した。


平日でここ最近天候も良くなかったせいもあり宮城が目ぼしい温泉地へ車を走らせると、宿の入り口には『空室有ります』『素泊まり歓迎』などの立て看板が軒を連ねている。

宮城はその中でも一番小さく、民家を改装して宿にしている古ぼけた民宿を選び、一晩の宿を申し出た。




「毛布、もう一枚重ねましょうか?熱がある時は温かくして汗をかいた方がいいですからね。」

30代と思しき宿の女将が宮城達を部屋に案内すると、熱のある忍のためにすぐさま布団を敷き、親切にも氷枕まで用意してくれた。

「良くして頂いて有難う御座います・・・いきなりの発熱でどうしようかと困っていたので助かりました。」

倒れ込みそうな忍を小脇に抱え、深々と頭を下げる宮城に女将は『困った時はお互い様ですよ。』と言って忍を布団に寝かせるよう勧めた。

「若いから一晩ゆっくり眠ればすぐに良くなるでしょう。今、うちのおばあちゃんが『卵酒』を作ってくれているからそれを飲んで寝るといいわ。」

優しい物腰の女将はその母性溢れる手で忍の頭を撫でてくれている。

レイプされてから極端に人に触れられるのを嫌がっていた忍だが、女将には怖がる事もなく身を任せていた。

そうこうしている間に部屋の扉が開き、外から女将の祖母らしき人物が『たまご酒』なるものを手に持ち現れ、女将に手渡すとゆっくりまた外に出て行った。


「ふふ。今のがうちの祖母なの。耳が遠くてもう何にも聞こえない以外は元気でね、この『たまご酒』なんて作らせると絶品なのよ。熱なんてすぐに引いちゃうから飲ませてあげて。」

おばあちゃんの知恵袋とばかりに女将は自慢げに、たまご酒を宮城に手渡し、『何かあれば遠慮せずに言って下さい』と残して部屋を後にする。

女将の居なくなった後、宮城は女将の親切に感謝した。

ここのところ、忍には精神安定剤ばかりを飲ませていたので解熱剤などの薬を併用したくはなかったのだ。

女将から渡されたたまご酒なら自然の食物から作られているから忍の容態を考えればありがたい特効薬になる。


「忍・・・ちょっと体を起こせ。これを飲んだら寝ていいからな・・・」

「う・・ぅ・・ふ・・」

寝てもいいと言ったものの、忍は熱による苦しさのせいで眠る事が出来ずにいた。

吐き気の残る忍が果たしてたまご酒を口にしてくれるだろうかと不安だったが、抱き起こした背中を腕で支えて湯飲みを口に宛がうと、忍は素直に中身を嚥下する。

さすが、女将が絶品だと豪語するだけあり、あの好き嫌いの激しい忍が湯飲みの中を全部飲み干した。


「・・・酔っ払うなよ?」

「・・・ん・・・」

まだ飲み足りなかったのか、湯飲みを放した忍の口はたまご酒の後味を味わうように、クチュクチュと口内をねぶる音がしていた。

まともに食事をしていない忍にとって、空腹の胃に収る温かい飲み物は体内にじんわりと広がっている事だろう。

そんな忍が誤って嘔吐しないように、宮城はずっと忍を腕に抱き留めた。

熱を帯びた汗ばむ体は、浅い呼吸を繰り返すだけで力なくグッタリしていて、抱きしめていると悲しい程にその線の細さを実感してしまう。

 本当にこれで良かったのだろか?


やはり、事件が明るみになっても、あのまま忍を病院へ連れて行くべきだったのか・・

それともレイプ犯に間違いない角という人間に脅えて暮らし続けたとしても、日常を手放さない方が良かったのだろうか・・・

忍を守りたい。

忍を手放したくはない。

ただそれだけを願い此処まで来たけれど、それは自分のエゴかも知れない。



「・・・・忍・・・どうなんだろうな・・」

胸の中に抱いている忍にぽつりと囁きかけるが返事などある筈も無く・・・・


「やっと眠れたな・・」

微々たるアルコールの成分を借りて、ようやく眠りにつく事が出来た忍を見下ろすと宮城は『フッ』と笑いを零した。
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