テロリスト

□君を想う時『1』
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『宮城、スーツを買いに行きたいんだけど、付き合ってくんない?』

休日の昼下がり、何処にも出掛ける予定の無かった宮城だったが、買い物の付き合いを頼む忍の一言外出を余儀なくされた。



「就職活動用のスーツねぇ・・・お前ももうそんな時期に差し掛かるんだな。」

「まぁな。早いヤツは大学2年からでも活動してるし・・・俺も用意するに越した事は無いだろ?」

「そーだな。成人式だってあるし・・・」

早いもので大学2年にまで進級した忍と肩を並べ、宮城は電車を乗り継ぎ都心のデパートにまで来た。

就職活動と聞いて、忍にそんな日が来るなんて考えてもみなかった宮城だが、先月20歳になった忍の年齢を思えば当然といえば当然なのに・・・

告白してきた頃の忍は、狭い世界だけで生きている高校生だった・・・

それが、大学へ行き、就職し、さらに広い社会に飛び出せば――

――その時に、俺は忍の瞳に映っているのだろうか・・・?


あの頃の杞憂がもうすぐ現実となり、分かる時がやって来るのだ。


――お前は『俺のもの』で、いてくれるのか?


それを、忍に尋ねる事は、多分、一生無いだろう。


「宮城、宮城の言ってた店ってコッチでいいのか?」

感傷に浸ってる最中に、見透かされたような忍の高い声が割って入ってきて、宮城は我に帰った。

「ああ、3階の紳士服売り場にある・・・そう、その店。」

初めて買うスーツは何をどう選べばいいのか分からないという事で、宮城がいつもスーツを新調している店に忍を連れてきた。

大型デパートの中に専門店として営業してる店は規模こそは小さいが店員の対応も行き届き、なおかつ生地も仕立ても申し分ないので忍を任せても安心できた。

就職活動用と言えば、スーツだけじゃなくネクタイから靴、果ては靴下まで揃うというサービスを開催していたので、試着を終えた忍は今からでも充分就職活動出来そうな出で立ちになる。

大柄の宮城と比べれば、華奢な忍だが、標準より少し小柄なだけの忍は既成のスーツで事足りたのでお直しの必要もなく、そのまま購入する事が出来た。

「それでは、こちらで宜しいですね?」

店員の言葉に忍が『これでいいです』と決断し、スーツを脱ごうとした時、宮城がそれを止めた。

「あ、待って下さい・・・今日はそのスーツのまま帰るんで、着てきた服の方を袋に入れて貰えませんか?」

『スーツを着たまま帰ろう』

その提案に、忍は目を丸くした。



出かけたのは昼を大きく回っていたので、デパートから出る頃には、日は西に傾き、ビルの隙間からオレンジ色の太陽が見えた。

「二人揃ってスーツ姿なんて、変な感じだな」

「そうか?お前が社会人になれば、こうして会社帰りに待ち合わせしてスーツ姿で並んで歩くのも不思議じゃないだろ?」

『そうかもな。』と話を聞き流し、忍は大きなウインドーガラスに映る自分達の姿を見送る。

そこには着慣れたスーツを自然に着こなす宮城と、着やせするせいでますます華奢に見えスーツに『着られてる』自分が映っていた。

流石に宮城は毎日スーツだし、都心に出かけるとなった時、面倒臭いからとスーツを気軽に着てしまうあたりスーツは体の一部となっている。

・・・・でも、二人でスーツだと『上司と部下』みたいで嬉しい。

今まではスーツ姿の宮城の横には制服だったりカジュアル服だったりで並んでいたので『親子』に見えてしまうのが否めなかった。

それが、ふたりしてスーツだと親子には全然見えない。



「忍、どこかで酒でも飲もうか?お前も20歳になったんだし付き合えよ。」

「・・・なんか・・親父みてぇ・・・」

20歳になったお前と男同士で酒を飲みたいなんて、父親の台詞を言われ、『上司と部下』を想像していた忍の気分が萎えてしまった。

それでも、20歳になった忍は晴れて飲酒・喫煙が解禁となった身なのだから、宮城の誘いに乗ってやることにした。


そうして夕闇が押し迫る都会の真ん中で、忍が連れてこられたのは『ロイヤル』と名の付く一流ホテルの最上階ラウンジだった。

スニーカーやジーンズを着用していては決して入れない場所は、たとえスーツを着ていても敷居が高い気がする。

「・・・ここに連れてくる為にスーツのまま帰るって言ったのか?」

「まぁな。折角スーツだし都心だし、滅多に無い『デート』だから。」

まさか宮城から『デート』だなんて言われると思ってもみなかったから、忍は喉を詰まらせ赤面してしまう。

そんな忍を見て目を細める宮城はレディー・ファーストよろしく椅子を引いて忍が座れるように招いてくれる。


・・・普段はがさつで横暴で、ひとたび研究に没頭すれば身なりや他人の事など構いもしないのに、こんな時だけは大人の余裕を見せつけ紳士的な態度で接してくれる宮城に、忍の胸は不覚にも高鳴る。


「や・・・夜景が・・・きれい・・・」

「そうだな。さすが最上階だけある」

しどろもどろな口調の忍に対して、宮城はさらりとスマートに対応しメニューに目を落としている。

借りてきた猫のようにチョコン、と椅子に座った忍は、何か気の利いた話題を・・と考え、眼下に広がる夜景の美しさを口にしたのだが、返って浮いた話になった気がする。

最上階にあるラウンジはテーブル席もあるが、宮城が選んだのは夜景が一望出来る窓に沿って備え付けられたカウンター・テーブルだった。

そこに二人で肩を並べて座り、目の前のガラス越しに夜景を眺める。

言葉も無く座る忍の横では、宮城がウエイターに何やら注文しているが、何を注文するか分からないので宮城にお任せだ。


歳の離れた男二人が肩を並べてホテルの最上階ラウンジでグラスを傾けるって、傍から見ればどういう風に映るんだろう?

これが、男女の取り合わせなら間違いなく恋人同士なんだろうけど・・・

夜になり切れないコバルト・ブルーの空と七色に輝く夜景を見ながら、忍の思考は激しくグルグル回る。


「お前、何、百面相してるんだ?もしかして高所恐怖症?」

「んな訳ねぇよっ!夜景を凝視し過ぎただけ」

無意識にああでもなこうでもないと悶々していて、それが顔に出ていたらしい。

呆れるような物言いの宮城に指摘され、誤魔化しに頬を膨らませると目の前にグラスが置かれた。


「・・・カクテル?」

細長いグラスに注がれたオレンジ色の液体に忍が首を傾げ、マジマジとグラスの中を見つめる。

「ああ、『セックス・オン・ザ・ビーチ』っていうカクテルだ。ウォッカ・ベースで出来ているがアルコール度数はそんなに強くない。」

「セック・・・って・・・まぁいいけど・・・頂きます・・」

カクテルの名前だけで赤面する忍は、宮城と軽くグラスを鳴らして乾杯すると、グラスに口をつけてちびちびと飲み始めた。


「おいし。甘い・・・パイナップルの味がする。」

「パイナップルジュースが入ってるからな。気に入った?」


・・・・あ、また子供扱いした。


飲むというよりは、カクテルを舐めているといった方が正しい忍を見つめる宮城の瞳は穏やかで優しい。

子供を慈しむような眼差しと、恋人を愛しむ眼差しが入り混じった宮城に見つめられ、忍は何も言えなくなると同時にくすぐったいような気分になる。

夜景の見えるラウンジで、優しく見つめられて・・・

言葉にしなくても『愛してる』って気持ちがひしひしと伝わってくる。

この場合、どうすれば子供扱いされないで、恋人らしい態度を取る事が出来るんだろう?


・・・・無理。

・・・絶対無理。考えたって理屈じゃないから分からないっ!


こうなれば、ただカクテルを飲んでアルコールの助けを借りて、緊張を解そうとした。


その結果、口当たりのいい甘いカクテルを飲み干しながら、忍は折角の夜景を堪能することなく酔いしれていくことになるのだった。








*****
つづく。
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