テロリスト
□文化祭に連れてって!
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澄み切った秋空の下。
過ごしやすい気候と、紅葉の季節と共に訪れるのが毎年恒例の『文化祭』だ。
体育祭とは違い、曲がりなりにも文学を担当している宮城には『文化』と名が付けばそれなりに雑用があるので大学に赴く事を余儀なくされる。
しかし、文化祭の主役は学生達にあるので宮城の雑用など午前中で片付き、後はお飾り程度の存在となり暇を持て余す。
だからという訳じゃないが、今年の宮城は何を血迷ったか、『危険因子』をわざわざ『危険地帯』に呼び出してしまった。
「・・・宮城、用事済んだ?」
大学内において、自分のテリトリーとも言える文学室からひょっこり顔を出したのは、最近付き合い始めたばかりの幼い『恋人』または『地雷』。
「待たせたな、忍。もう用事はないから文化祭を見て回ろうか?」
「うん。」
自分の用事が済むまで、閉じ込めるようにして室内に押し込んでいた忍の頭を『ちゃんと大人しく待ってて偉い、偉い。』と褒めてやり撫でてやる。
・・・本当に自分でもどうかしてると思う。
大学教授が男子高校生と付き合い、あまつさえその子を自分の職場である大学に招くなんて・・・
馬鹿だとは思うのだが、忍が休日にひとり部屋で寂しく過ごしているのかと考えると居ても立ってもいられずに『文化祭、見に来るか?』なんて誘ってしまった。
分かってる。分かっているのだ!
これが、いかに危険な行為であるかなんて!
分かっているけど、忍に寂しい思いなんてさせたくないし、むしろ、自分が忍を放って置けないのだ。
そんな事、本人には言えないが惚れた弱みというのは恐ろしく、いい年した男が17歳も年下の少年が可愛くて仕方なくて・・・
「・・・宮城・・あの・・・」
「ああ!?何だよ?」
気持ちとは裏腹に、声をかけてくる忍につい面倒臭そうに返事をしてしまう。
「あの・・・手・・・・」
「手が何!?」
照れを隠したくて宮城は怒ったふうにして、背後でもごもご言う忍に振り返る。
「手、繋いでるけど・・・いいのか?」
振り返り、指摘されて言われて見れば、ちゃっかり繋いだ二人の手に宮城は驚き飛び退いた。
「わあああっ!忍!お前、何こんな所で手を繋いでいるんだ!?他の人に見つかったらどうする!」
「・・・どうするも何も・・・・宮城が俺の手を掴んで歩き出したんじゃん・・・俺は別にこのままでも構わないけど」
・・・そういえば、文学室から顔を出した忍が可愛くて、つい頭を撫でてから手を繋いで歩き出してしまったのを思い出した。
最近の忍は、特に可愛く見えるのが悩みの種だ。
なんじゃかんじゃと反発し合いぶつかり合った中で、ようやく『身体の関係』まで持ってしまってから、忍を『自分のモノ』に出来た独占欲に囚われて自制心が無くなっているのも認めがたい事実。
「・・・す、すまん・・・えと、迷子にならないように俺から離れずに、あんまり近づくな・・・」
「意味が良く分かんないけど、宮城の言いたい事は分かった。」
そそくさと放した手をみっともなく振り回しうろたえる宮城に、忍は冷静な判断で状況を見極めている。
そんな頭の良い忍に感謝しつつ、宮城は大学内を散策した。
「忍、腹減っただろ?焼きソバでも食べるか?」
昼食は学生が出店している飲食コーナーで済ませるのも文化祭の醍醐味だ。
朝からずっと文学室に閉じ込めていた忍の空腹を満たしてやろうと振り返れば・・・
「あれ?忍?」
あれだけ離れるな(出来れば近づくな)と言っておいた忍が居なくて宮城は拍子抜けする。
フラフラと何処に行ったのかと、宮城は背と首を伸ばして辺りを探せば、忍はなにやらクマの着ぐるみと話し込んでいた。
「・・・あのクマって・・・」
ひとりごちながら、宮城は忍を連れ戻しに駆け出した。
「本当にお化け屋敷になんて入りたいのか?」
「うん、せっかくクマの着ぐるみ着た人が是非にって言ってくれたんだし・・」
温泉同好会が企画、出展しているお化け屋敷の前で、宮城は二の足を踏んでいた。
クマの着ぐるみからの勧誘を受けて入る気満々の忍には悪いが、このお化け屋敷を侮ってはいけない。
なんせこのお化け屋敷は毎年恐怖のあまり失神者が続出するので有名で、宮城自身もまだ入るのに躊躇っていたくらいだ。
それなのに、この怖いもの知らずの恋人は・・・・
「この中だったら、宮城と手・・・繋いでいい?」
背伸びしてもまだ耳元には足りない距離のまま、コソッと囁く忍のおねだりに宮城の自制心は呆気なく崩れる。
手元さえ良く見えない暗い室内。
お化け屋敷が怖いとか云々はどうでも良くて、忍は入るとすぐに腕を絡めてきた。
「歩きづらいぞ、忍。」
「これくらいいいじゃん。通路が狭いんだし、足元だって暗いしボコボコして・・って、わわ・・・」
恐怖心を煽るため意図的に歩きにくくした通路のでっぱりに、忍は見事につまずいてよろける。
「お前、けっこうドンくさいのな。」
「るっせ。」
暗くて忍の表情は見えないが、いつもみたいに上目使いに自分を睨んでいるのだろうと思うとおかしくなってくる。
怒ってるクセに腕を掴む手が、ますます強くなっているのも笑えた。
ヒュ〜ドロドロとお決まりの効果音が響く施設内を、誰の目も気にせず腕を組んで歩き進んだ。
突然出てくるカラクリの化け猫にふたりで驚いたり、首筋に吹きかかるドライアイスの冷気に宮城だけが飛び退いて忍がきょとんとしていたりと・・・
それなりに驚きつつ涼も取れて楽しめた。
「ほら、忍と俺が映ってる」
そろそろ終盤にさしかかろうという頃、足を踏み入れた場所は『鏡の部屋』だった。
チカチカとフラッシュするライトの明かりで、入場者の姿が鏡に映るというアトラクションだ。
そんな点滅する明かりを頼りに、宮城は背後でキュッと腕を掴んで離さない忍を鏡越しに見た。
「・・・・あれ?忍、お前、顔色が悪いぞ?」
照明のせいでも、見間違えでもなく、宮城は忍の顔色が優れない事を見て取った。
「どうした?お化け屋敷が怖すぎたって訳じゃないよな?」
気分が悪くなるほど恐ろしい体験をしてはいないので、どうしたのかと宮城は忍に正面を向かせて体調を窺う。
「塗料の匂い・・・気持ち、悪く・・なった」
今の今まで我慢していたのだろう。
宮城に分かって貰えたという安心感から、忍は口を押さえ、吐き気をやり過ごすように何度か浅い呼吸を行う。
「塗料って・・・お前、シンナー系の匂いに弱いのか?吐き気がするのか?歩けるか?」
お化け屋敷の製作段階において、大量に使用されたポスターカラーや塗料ペンキに含まれるシンナーに、忍は気分を悪くしてしまっていた。
稀にシンナーに酔ったり、気分が悪くなる体質の人間を見たり聞いたりしていたが、まさか忍がその体質を持っているとは思わなかった。