テロリスト
□君色吐息T
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波の音が聞こえる。
波の音だけしか聞こえない。
隣に忍がいる。
忍の存在しか感じられない。
それが、きっと、正解なんだ・・・・
閉じた目蓋の裏に滲み込むような朝日の光に、しらじらと明け始めた事を知る。
風が通り抜けていく。
頭上で朝一番に狩りに出かけるトンビの高い声が木霊する。
肩にかかる重みとぬくもりが、切なくて胸を締め付ける。
それは、きっと、幸せだから。
『夜明けの海が見たい』
そう言った忍の顔はいつもの生意気な顔ではなく・・宮城に怒られたらどうしよう。でも、まだ帰りたくない・・・という不安と心細さの表れから泣きだしそうに歪んでいた。
そんな忍の切なる願いを大人の都合を持ち出してあしらうなんて出来なくて、宮城は夜の海で一夜を明かす決心をした。
春とはいえまだ肌寒い気候。
大人気ない行動と言えばそれまでだが、童心に戻ってみるのも悪くは無いさ・・・と自分に都合よく置き換えた。
夜が明けるまで、何を話すでもなく二人で波の音を聞いて、食べ残していた冷え切ったヤキソバを二人で突付き、温かい缶コーヒーを両手に抱えて暖を取り、そうして二人だけで時間を過ごした。
二人だけで、夜明けを迎えたかったから。
「・・・・忍、起きろ・・・夜が明ける」
「・・・ぅ・・・ん・・・・」
いつの間にかコンクリートの防波堤の隅に座り込んで眠ってしまった忍を起した。
夜明けを見たいと言っていたのだから、起さないと後で何を言われるか分かったものじゃない。
「・・・朝・・だぁ・・きれー・・」
「はは。寝ぼけてるな、お前。」
宮城の肩に頭を預けたまま目の前の朝日に向かい、舌足らずな言葉を投げかける忍。
忍はへへっ、と照れくさそうに笑いながらも頭は宮城の肩に置いたままで、水平線からも伸びてくる光の矢に目を細めていた。
「地べたに座って朝まで海に居るなんて初めて。」
「これでお前も立派な不良だな。」
「・・・・それだけで!?」
「十分だ。」
その不良への道を導いた宮城は、朝の霧で忍が濡れないように、どこか屋根のある場所に移動する事にした。
始発電車が動き出すまでにはまだ時間があるので何処か店でもあればそこで時間を潰すのだが、生憎へんぴな場所柄ファミレスさえなかった。
「忍?寒いのか?」
繋いだ忍の手がやけに重く、歩く早さがどんどん遅れているようだった。
「寒く・・・ないけど・・・」
「ないけど?どうした?」
顔色の悪さが窺える忍が心配になって額に手をあててみるが熱は無さそうだ。
しかし、夜風と潮風に晒された忍の体は明らかに体調不良を訴えていた。
早く帰らないと風邪を引いてしまいそうだが、電車はないし、タクシーも見当たらない。
どうしたものかと宮城が辺りを見渡せば、目に飛び込んできたのは・・・
『ラブ・ホテル』、だった。
(いかんっいかんっ!!何を考えているんだ俺は!?忍をあんないかがわしい所になんて連れて行ける訳なかろう!?犯罪だぞ、犯罪っ!)
ラブホテルの存在に『あそこでなら忍を休ませてやれる。』なんて考えが安易に出た。
おまけに『忍は女装してるからホテルに入りやすいな』との好条件まで出てくる始末だ。
一人、宮城がホテルを前にして悶々してると、急に忍がその場に座り込んでしまう。
「お、おい、大丈夫か!?」
「うん、平気。なんか、ちょっと立ちくらみしただけ・・・」
ふうっ、と息を吐き膝を抱えて座り込む忍を見て、宮城から迷いは一切消えた。
「み・・・宮城・・ドア、開かない・・」
躊躇する忍の手を引いて、ホテルに入ったまでは良かったが、忍は勝手に閉まるドアに驚いている。
「ああ、オートロックで外側から閉められるんだ。金を払うまで開かないぞ。」
「・・・なんだよそれ・・・閉じ込められてるみたいじゃん。客に対して失礼じゃないか?」
ラブホテルのシステムにブツブツ不満を漏らす忍は自分から『こんなトコ、初めて。』と言いふらしているのも同然だった。
さっきだって部屋に入る時、部屋の写真が並ぶパネルの前で宮城が『どれにする?』と聞くと『ベルボーイはいないのか!?客室案内係りは!?』などと突拍子もない発言をしていた。
女の子に言い寄られる事が多いわりにラブホテルに来た事がないなんて、ちょっと意外だったけど、宮城にしてみれば嬉しかった。
「ほら、忍。先に風呂入って温まってこい。」
「う・・うん・・・」
風呂へと促されながら忍は興味津々に部屋を見回している。
だが、見回したところで室内にあるのは二人がけのソファーとダブルベットだけ。
ここはベットさえあればいいだけのホテルなのだから当然と言えば当然。
だけど、その事が忍には重く圧し掛かり、さらに羞恥を煽るようで風呂に入るのにも躊躇っている様子だった。
「忍、さっさと風呂に入らないと襲うぞ?」
「ひゃああっ!!入る入るっ!入ります!!」
きっと初めて訪れるアダルトな世界に忍の心臓は限界だったのだろう。
そこにつけ込んで宮城がいやらしく誘惑してやると、忍は逃げるように浴室に駆け込んだ。
暫らくすると浴室から入浴を終えた忍がオズオズと出てくる。
「なんだ?脱衣所にガウンが置いてあっただろ?風呂上りくらいそれを着ればいいのに。」
風呂から上がった忍はホテルに用意されているガウンには袖を通さず、再びワンピースとカーデガンを着ていた。
「・・・だって・・・ガウン着ると・・・」
「ん?ガウン着ると?」
「着ると・・・・その・・・」
忍は言葉をはっきり言わなかったがチラッ、とベットの方を見たので、宮城はそれ以上問い詰めるのを止めた。
要するに忍が言いたいのは、『ガウン着るとセックスする気・・・満々じゃん』という事だ。
普段は大人の宮城を大胆に挑発してくるクセに、いざ『その時』がくると弱気になるのはまだまだ子供で初々しい。
そんな子供に惚れた大人の自分を自嘲しつつ宮城も風呂へと向かった。